『ひゃくはち』と「特集・話題の芥川賞&直木賞作家」


<特集・話題の芥川賞&直木賞作家>


<芥川賞> 楊逸『時が滲む朝』(文藝春秋)



『時が滲む朝』で中国人として初めて芥川賞を受賞した楊逸(ヤン・イー)さん。日本語を全く話せなかった楊さんが大学生の時、何を思いたって日本に来たのか。そして、なぜ日本語で小説を書くようになったのかに迫ります。お話を伺うのは中華街。楊さんは大学生の時、日本に来たいと思ったキッカケが、実は、中華街でお店を経営する叔父からの一通の手紙に挟まれていた一枚の写真。そこに、叔父の家族が裕福そうに、そしてアカ抜けた姿で写っていたのに衝撃を受けたのだそうです。楊さんの半生をインタビューで明らかにするとともに、楊さんの感じる日本人と中国人、日本語と中国語の違いについて語っていただきました。


<直木賞> 井上荒野『切羽へ』(新潮社)



夫以外の男に惹かれることはないと思っていた。彼が島にやってくるまでは……。静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。「切羽」とはそれ以上先へは進めない場所。宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆で描ききった哀感あふれる恋愛小説。今回、荒野さんのよく通うという喫茶店でインタビュー。愛人に入り浸り、家に帰ってこなかったという、作家であるお父さんのこと、1作目から13年間のスランプ、そして、受賞作を書くことになったきっかけなどを伺いました。


谷原 対照的なお二人でしたが、作品の方はどうなんですか。
松田 そうですね、作品も対極的ですね。楊さんは、骨太のドラマチックな物語の底に哀しみが滲み出ているような作品です。井上さんの方は、本当に「何も起こらない」小説なんです。でも、その下に激しい感情のうねりのようなものが描かれています。どちらも、人間の強さとか弱さ、喜びとか哀しみを本当に見事にとらえている作家さんだと思いますね。これからも期待したいですね。


<今週の松田チョイス>
◎早見和真『ひゃくはち』(集英社)



松田 野球小説としても、青春小説としても新しい1ページを刻んだ傑作、早見和真さんの『ひゃくはち』という作品です。
N 甲子園行きてぇ、でも遊びてぇ。レギュラー入りを目指してあの手この手、でも女の子にも興味津々。「ひゃくはち」=108とはボールの縫い目と煩悩の数を表しています。主人公は強豪校の補欠部員。煩悩を全開にして夢にすがり、破れ、大事なものに気付いていく高校球児の姿が描かれます。8月9日には映画も公開。>
松田 主人公たちは、甲子園という夢に向かってまっしぐらに突き進んでいく球児たちなんですね。特に主人公は、「補欠」なので、懸命に努力を重ねていくんですけども、監督との関係とか、チームメイトとのつきあいとか、試合での駆け引きとか、野球をめぐるドラマは手に汗を握るし、とっても面白いんですよ。ただ、それだけでは終わらない、「純粋無垢」な高校球児だけでは終わらないところが、この小説のミソなんですけども。そこから、家族や友情をめぐる新しいドラマがからんでくるんです。若い新人作家のデビュー作なんですが、すごく読ませる力がある傑作だなと思いましたね。
優香 わたしも読みました。野球青春小説って、もっと熱いのかなって思ったんですけども、そういう「甲子園に行きたい」という思いを表に出さずに、心の中でふつふつと「行きたい」っていうのは今っぽいのかな、新しいなって思いました。それから父親との関係がとても素敵で、「もっと頑張りなさい」「こうしなさい」という感じじゃなく、ちょっとひいた感じで応援しているお父さん……。
松田 いいお父さんですよね。
優香 お父さんからもらう手紙が素敵で。
松田 それが支えになるんですよね。
谷原 映画も面白いです。