『さよなら渓谷』と「特集・姜尚中『悩む力』」


<夏の文庫フェア・ランキング>
夏の文庫フェアを行っている集英社・新潮社・角川書店の文庫売上げTOP5を紹介!
*新潮社*
①梨木香歩『西の魔女が死んだ』
②小林多喜二『蟹工船』
③重松清『きみの友だち』
④夏目漱石『こころ』
⑤太宰治『人間失格』
*角川書店*
①恩田陸『ユージニア』
②東野圭吾『さまよう刃』
③重松清『みぞれ』
④太宰治『人間失格』
⑤有川浩『空の中』
*集英社*
①村山由佳『夢のあとさき』
②下川香苗『花より男子ファイナル』
③石田衣良『愛がいない部屋』
④太宰治『人間失格』
⑤東野圭吾『黒笑小説』


谷原 松田さん、いま『人間失格』が売れている理由というのは?
松田 今年、三社ともカバーをリニューアルして、松山ケンイチさんとか、『Death Note』の小畑健さんとか、それが話題になって売れ始めているんです。それにしても、60年経った作品がこんなに売れるというのは、太宰の時代よりも、他人との関係がうまくいかないと思っている若い人たちがふえているんだろうという気がするんですね。太宰は、今年が没後60年で、来年が生誕100年で、いろんな意味で注目されているんですけども、『人間失格』以外にもおもしろい作品がたくさんあるんで、是非、もっともっと読んでほしいなと思いますね。


<特集・姜尚中『悩む力』>
◎姜尚中『悩む力』(集英社)



情報ネットワークや市場経済圏の拡大にともなう猛烈な変化に対して、多くの人々がストレスを感じている。格差は広がり、自殺者も増加の一途を辿る中、自己肯定もできず、楽観的にもなれず、スピリチュアルな世界にも逃げ込めない人たちは、どう生きれば良いのだろうか? 本書では、こうした苦しみを百年前に直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、最後まで「悩み」を手放すことなく真の強さを掴み取る生き方を提唱する。現代を代表する政治学者の学識と経験が生んだ珠玉の一冊。今回、姜尚中さんの仕事場・東大の研究室でインタビューします。


<今週の松田チョイス>
◎吉田修一『さよなら渓谷』(新潮社)



松田 昨年、『悪人』で大きな文学賞を連続受賞した吉田修一さんのクライム・ストーリー『さよなら渓谷』です。
N 吉田修一が描く、犯罪者と被害者のドラマ『さよなら渓谷』。きっかけは隣の家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。 15年もの長い歳月を経て、事件の“被害者”と“加害者”が夫婦を演じざるをえなくなった残酷すぎる理由とは――。「どこまでも不幸になるために、私たちは一緒にいなくちゃいけない……」。人の心に潜む「業」に迫った長編小説。>
松田 『悪人』もそうだったんですが、冒頭から、小説を読んでいるというよりも、現実の事件現場を目撃しているような、異様な緊迫感に包まれているお話なんですね。そして、そういうなかから、最初にスポットが当たっていた事件ではなくて、その隣の家の男と女にどうも謎があるということがだんだんわかってきて、ぐいぐいひきこまれるんですけども。その男女の驚くべき過去と現在がどんどんわかってくる。それで、ある犯罪にからんでいるんですけども、犯罪というものが、法律とか心情的な善悪判断だけでは割り切れないものが残るし、犯罪に関わった人たちは、被害者も加害者も、重い傷を抱えて生きていかなければいけないということも切々と伝わってくるんですよね。
優香 わたしも読みました。本当にすぐ読めるぐらいな薄さなんですけども、読み終わった後に、その何倍もの厚さがあったんじゃないかというぐらいの重さを感じて、ズシーッと重いものが心に乗っかりましてけども。あの、ラストまで行った時に、私が感じたものと松田さんが感じたものがずいぶん違うという……。
松田 本当に重くて暗い話なんですけども、ラストには、闇の底からひとすじの光が見えてきたっていう感じがしました。だから、犯罪小説というよりも、究極のラブストーリーだという気がしたんですね。
優香 そうですね、うんうん。男女で見方が違うと思いますよ。