第28回太宰治賞

受賞の言葉

 受賞の報せを受けて、嬉しさよりも先に、ホッとしている自分がいました。今まで棘だらけの藪を裸足で歩いて来て、ようやく靴を見つけた気持ちです。勿論、これからも、道なき道を手探りで進んで行く日々に、何ら変化はないのですが。
 私は毎日三食、食事を拵えています。最近は小麦粉料理に執心していて、中でもカンパーニュが気に入っています。こねる、というのは存外体力もリズム感もいるものだと、実際に手を出すまで知る由もありませんでした。同じ手順で作っても、焼いたら干し柿の亡霊みたいに縮こまるときもあれば、日向に干された布団のように空気を含んでのびのび膨らむときもあります。確かに己の手から生み出している筈なのに、最後はどうなることやら見当もつきません。と、いうより、パン作りに限らず、絵画にせよ手芸にせよ、何をするにも完成するまではどんな代物が飛び出すかわかりません。小説に関しても、同じことです。
 日常のあらゆる場所に想像の種が転がっているので、見落とさないように注意します。うまく拾い上げることが出来たら、丁寧に育てます。最近では、ある程度は思い浮かべたままに咲かせることは出来るようになりましたが、それでも咲くまではわからない部分も多いです。どの花も私に似て、決して愛らしいとも美麗とも言えず、ひん曲った蔓や尖った枝葉が見苦しいとは思われますが、誰かの日常を一瞬でも彩れれば幸いです。願わくは、読者がその花を、脳裏の片隅にでもこっそり飾って頂ければ何よりです。
 この度は、由緒正しい賞を頂きありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願いします。
隼見果奈