第29回太宰治賞

受賞の言葉

 これから先永く異邦人でいなければならないと知ってから、足下のおぼつかなさを庇いながら歩くたび、たえず靴の底に入った小石のように私を苛んだのは、日々、異国語に吸い上げられていく母語、私という人間の軸である日本語が瘦せ細っていくことでした。
 多民族、多文化を背景にさまざまな価値観が息づく国に住み、英語特有の論理的思考を大事にする語順や表現のなかに、実直さや明確さを掘り起こしていく楽しみを見つけつつも、静かな低音のように終始一貫して私を貫く言葉は、やはり日本語でしかありませんでした。そこには深い霧につつまれたような模索の時間があり、迷い、羨み、失望することを繰り返してきました。
 そうして、たくさんの時がかさなりあって後ろを振り返ったとき、意識の奥底にはふたつの言葉でより合わせた綱が伸びていて、自分が無意識にバランスをとりながらその上を歩いている、ということに気がつきました。この命綱から振り落とされないためには、言葉を操作するうえで一番の苦戦をしいられるもの、その人そのものがあぶり出されるもの、すなわち書くことによって、しがみつくしかありませんでした。このとき、新たな自分の言葉を得たように思います。あとは、熱に浮かされていたというしか言いようがありません。なりふりかまわず泥をこねている子供のように、夢中で周りが見えないほどでした。技術も持ち合わせず、頑丈な芯を作ることに必死で、飾りを考える余裕さえありませんでした。完成のみを念じ、半ば祈るように書きました。
 
 選んで頂きましたこと、心より感謝します。
 闇夜の海を照らす灯台の光のように、これからの行き先を照らし出す大きな道しるべとなりました。まだまだ表現にはほど遠く、主張もか細く、勉強しなければならないことだらけですが、すこしでも良いものを作りたいという情熱を持ち続け、明日も進んで参ります。
 
 ありがとうございました。
                                           岩城けい(受賞時KSイワキ)