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 落合正幸監督のドラマ「片腕」を、ひと足早く、拝見した。
 『ダ・ヴィンチ』来月号で「妖しき文豪怪談」のミニ特集が組まれることになり、そのメイン企画として、落合監督と私の対談が急遽、収録されることになったのである。
 これは何としても、監督とお目にかかる前に実際の映像を観ておきたいと思い、浜野高宏プロデューサーに無理を云って、まだ編集段階の映像を特別に拝見させていただいたのだ。


 いやあ……驚いた!
 ヒロイン(の本体!?)というべき「片腕を貸す娘」を、『仮面ライダー響鬼』の妖姫役このかた、ずっと注目している若手女優の芦名星さんが演じていることに、まずびっくり。
 このほど急逝されたつかこうへい氏の芝居でもおなじみの実力派俳優・平田満さんが、片腕(の造形物)を相手に、一種の独り芝居ともいうべき大熱演を繰りひろげていることにも、大いに驚かされた。
 しかしながら、なによりも驚歎させられたのは、落合監督が呆気にとられるほど正攻法で、この稀有なる幻想文芸作品の映像化に取り組まれていたことだった。












芦名星さん(片腕より)

 もとより編集段階での映像であるし、事前に妙な先入観を与えて視聴者の興を削ぐことは厳に慎むべきであろうから、作品自体の話は「本篇をお愉しみに」ということにさせていただきたいのだが、ひとつだけ触れておきたいことがある。
 落合監督とは初対面だったが、対談前の顔合わせの席で、監督から「ヒガシさんは何年のお生まれですか?」と問われて「一九五八年、昭和三十三年ですね」と答えると、なんと落合監督も同い年だという。


 そこでピンときたことがある。
 落合版「片腕」の映像世界に横溢する、ミッド・センチュリーの時代色だ。
 特撮ファン向けに換言すれば、かの「ウルトラQ」や「アウターリミッツ」と共通する怖ろしくも懐かしきアンバランス・ゾーンのテイスト、といってもよかろう。
 聞けば、監督は小学生時代に観た「アウターリミッツ」(日本での初放映は一九六四年)に強烈な印象を植えつけられたといい、私もまた「ウルトラQ」(一九六六年放映)の開始時には、一時間も前からテレビの前に正座して、今や遅しと待ちかまえていたものだ。
 ひるがえって鑑みるに、川端康成が「片腕」を「新潮」に連載していたのは、一九六三年八月から翌年一月にかけて……まさしく「アウターリミッツ」や「ウルトラQ」の映像世界と、妖しい濃霧に鎖された「片腕」の作品世界とは地続きなのであった。

 これはまことに心愉しい「発見」でもあった。
 ちょいと私事にわたるけれども、特撮映画ファンとしての自分と怪奇幻想文学ファンとしての自分の原体験が「地続き」であるという感覚が、かねてより私の中にはある。
 小学校中学年で「ウルトラQ」や東宝・大映の特撮映画に魅了され、小学校高学年で『怪奇小説傑作集』や『暗黒のメルヘン』をはじめとする名作アンソロジーに接して、怪奇幻想文学の世界へ誘われ……という道筋である。
 その境界領域に、かの大伴昌司をはじめとする「導師」が介在したことを知るのは、ずっと後年のことなのだが、それと自覚せずとも、自分が惹かれる文学と映像という二つの世界に、ただならぬ共通性が潜んでいるという予感めいたものは常にあった。

 その意味で今回、落合監督が、私の編纂した『文豪怪談傑作選 川端康成集』をお読みになって「片腕」と出逢い、従来の川端像とはまったく異なる文豪の怪美な一面に大変な衝撃を受けて、その映像化を思い立ち、それがひとつの大きな契機となって「妖しき文豪怪談」というプロジェクトが具体化し……という流れには、かつての自分自身の原体験を、あたかもさかのぼって追体験させられるかのような驚きを感じざるをえないのであった。
 今回みずから「片腕」の脚本化にも取り組まれた落合監督のお話には、他にもいろいろとハタと膝を打ちたくなるくだりがあって、とても刺戟的なひとときを過ごさせていただくことができた。
 詳しくは、来月上旬発売の『ダ・ヴィンチ』九月号に御注目ください。












右は落合監督

 発売といえば、先週末に無事発売となった『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』――「怪談」という視点ならではの珍しい珠玉作なども、ここぞとばかり収録しているので、こちらもひと足先に御注目いただければ幸いである。
 ちなみに「妖しき文豪怪談」の芥川龍之介篇では、ドキュメンタリー・パートで、駒場の日本近代文学館に収蔵されている龍之介のお化け絵や旧蔵書、とりわけ怪奇幻想文学方面のそれなどを、不肖ワタクシが案内役となって御紹介することになっている。
 これまた、国民的文豪の「もうひとつの顔」を浮かび上がらせる試みであり、そこから落合監督と「片腕」のような出逢いがどこかで生まれて、新たな文芸や映像作品が誕生する萌芽となれば、何よりなのだけれど。

東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/







<週刊文豪怪談 バックナンバー>
連載第1回  「妖しき文豪怪談」放映決定!(07.01更新) 記事はこちら▼
連載第2回  『芥川龍之介集』まもなく発売!(07.08更新) 記事はこちら▼