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 目黒区駒場――東京大学のキャンパスにも程近い閑静な住宅街にひろがる駒場公園の一隅に、日本近代文学館が開館したのは、一九六七年のこと。散佚が危惧される近代文学関連の資料を蒐集保存する本格的な文学ミュージアムとして、文壇や学界、マスコミ関係の支援を受けて維持運営され、現在に至る。
 日本の近代文学方面の研究や出版に携わる人間にとっては、まことに頼もしい施設であり、私も以前から折にふれ、何かとお世話になってきた。
 とりわけ芥川龍之介については、学研M文庫版『伝奇ノ匣3 芥川龍之介 妖怪文学館』や『幽』第十号の「怪談マニア龍之介」特集、そして今回の『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』と、同館所蔵の「芥川文庫」を大いに活用させていただいているのだ。


「芥川文庫」は、芥川家から寄贈された龍之介の遺品――草稿や書簡、画幅、そして旧蔵書二千六百余点から成る。
 名高き「河童図」の数々や、一眼怪、唐傘お化け、のっぺらぽうなどを描いた「化物帖」なども愉しいが、怪談文芸ファンにとって、なにより貴重かつ圧巻なのが、旧蔵書の三分の一強にあたる八百冊余の洋書中に含まれる、欧米の怪奇幻想文学関連書目である。
 W・ベックフォードの『ヴァテック』、M・G・ルイスの『マンク』、M・シェリーの『フランケンシュタイン』、B・ストーカーの『ドラキュラ』……英国ゴシック・ロマンスの歴史に燦然と輝く伝奇と怪異の名作群がある。
 アルジャノン・ブラックウッドの『空家』『耳かたむける人』『ジョン・サイレンス』『迷いの谷』、M・R・ジェイムズの『考古家の怪談集』正続二巻と『痩せこけた幽霊』、F・マリオン・クロフォードの『無気味な物語』(『さまよえる幽霊』の英国版タイトル)、そして『アンブローズ・ビアス全集』……近代怪奇小説を代表する英米の大家の短篇集、作品集がある。
 ベイリング=グールドの『幽霊の書』、アンドリュー・ラングの『コック・レイン事件と常識』、W・T・ステッドの『幽霊実話集』正続二巻、ジョン・ハリスの『憑かれた屋敷と住人たち』……英国各地の幽霊伝説や心霊事件を扱った怪談実話本がある。
 そう、ここは、内外の怪談文芸に関心を寄せる人々にとっては、まさに宝庫なのだ。


 しかも、これら旧蔵書の多くには、各篇や巻末の余白に、龍之介自身による読了直後の書き込みが残されている。その内容たるや、歯に衣着せぬ直言ぞろいで実に興味深い。
 たとえばストーカーの『ドラキュラ』については「くだらん小説だ/怪談もこうなっては一向怖く/ない/鏡花以下だね 我鬼/July 27th 1920 Tabata」、『フランケンシュタイン』についても「己はこの本をよんで少しも怖くなかった そして/寧(むしろ)フランケンスタインの創造した巨人が人間/の世界に接触してゆく段どりに興味をひか/れた」などと、なかなか手厳しい。
 その一方で、ブラックウッドやM・R・ジェイムズら近代英国恐怖派の大家たちには概して好意的で、各作品の末尾に熟読をうかがわせるコメントを記している。
 たとえばブラックウッド『ジョン・サイレンス』所収の「いにしえの魔術」には、「前半はよいがhallで婆さん及(および)娘と踊る辺から先はいかん/どうも日本の猫ぢゃ猫ぢゃを思い出す」、「邪悪なる祈り」には「Satanの姿が見えるところはまずい/その外はよく書けている/但前半は冗漫なり」、『耳かたむける人』所収の「柳」には、ひと言「うまい」といった具合である。
 ちなみに、こうして培われた龍之介の泰西怪談文芸に対する造詣は、『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集』所収の「近頃の幽霊」「英米の文学上に現われた怪異」などの談話に躍如としていることを申し添えておこう。


 龍之介のお化け好き、怪談マニアぶりが窺われて、とても面白いんですよ……という話を、「妖しき文豪怪談 芥川龍之介篇」の打ち合わせに際して、ドキュメンタリー・パートを担当するテレビマン・ユニオンのスタッフに開陳したところ、それなら近代文学館でロケをしましょう、ヒガシさん、解説お願いしますね、という話になった。
 かくして先週、折しも「芥川龍之介展」開催中の同館におじゃまし、閉館後の展示室などで長時間にわたり撮影がおこなわれた。
 まさか自分が近代文学館で、テレビカメラを前にして、龍之介と怪談について語ることになるとは、世の中は分からないものであることよ。
 上記の泰西怪談本や龍之介自身の書き込みについても、番組内で紹介されることと思うので、御期待いただきたいと思う。













日本近代文学館での撮影風景。
このあとアシスタントの女子が座っている席で、
芥川と怪談についてのインタビューを受けました


東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/







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第1回  「妖しき文豪怪談」放映決定!(07.01更新) 記事はこちら▼
第2回  『芥川龍之介集』まもなく発売!(07.08更新) 記事はこちら▼
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