走者を生む本/北村 薫

 名著です。

 ――と、まず結論を書いておいて、さて食べ物の話。『長い長いお医者さんの話』の「ソリマンのお姫さま」について、《この話はそのストーリーではなく、おいしそうなチーズつきのパンがでてきた、で聞かれることが多いです》、また『小公女』のところに《子どもの心に残るものは食べるものが多かったんです。特に外国の話には当時の日本にはない、珍しいものが多かったので憧れも強かったのでしょう》と書かれています。まさにその通り。
 赤木さんが、この本にもあげられている作に『クオレ』の「フィレンツェの少年筆耕」という短いお話があります。わたしは去年の夏、この短編のことを新聞に書きました。内容もさることながら、わたしの読んだ小野忠孝作(訳ではない!)とその元になったと思われる池田宣政訳では、最後の場面で、疲れて眠っている少年のために、お母さんが作ってくれた焼きリンゴの香りが流れるのです。そこが一番、印象的でした。しかし、原作にはそれが――ないようです。まことに残念。池田宣政は見事に子供の心をつかんでいたと思います。
 訳書は原典そのものではありません。特に昔の翻訳は、ひとつの作品として魅力的な世界を創造していることがあります。《焼きリンゴ》を、日本の子供のため、勝手に焼くのは問題だ――と怒る方がいるかも知れません。現代の目から見れば、まあそうでしょう。それはそれとして、物語を構築するのは言葉なのですから、『十五少年漂流記』について、赤木さんが大人のために注記してくれた《一八九六年の森田思軒の明治の初訳を見てみてください。これがまあ、素晴らしい名訳なんです。朗々たる文体の……》などという部分は、非常にそそります。わたしが中学生で、ここを読んだら、必ず森田訳を探しますね。
 しかし、赤木さんの目は古典の方を向いている――わけではないのです。ここが肝心。いいものは昔のものでもいい、ということです。タイトルの《今こそ読みたい》の《今こそ》はだてじゃない。その一点に立って、次々と本当のことをいっています。
 これはガイドブックです。例えば、案内書を一冊持って旅に出たとします。行った先の路線が変わっていたりお店や道路がなかったりしたら怒るでしょう。情報をコピーして作ったり、抱いている過去の記憶(それが大事なものでも)を頼りに書いたら、使えるガイドにはなりません。当たり前じゃないか――といわれるかも知れません。しかし、それは揺るがぬ自分を持った人にしか出来ません。赤木さんは、実際に歩き、歩き続けている人で、その《今》の目で書いています。
 だから、赤木さんは《「ツバメ号とアマゾン号」から始まる十二冊の“アーサー・ランサム全集〟は私が一番愛している子どもの本です》といいながら、それに対し《今となっては積極的におすすめはできません》と付け加えることが出来るのです。《一番愛している》のに、ですよ。これは実は、非常に難しいことだと思います。
 一方で、『リンバロストの乙女』はなぜ《いまだに現役!》なのかも納得出来るし、《たいていの人はちゃんと読んでない「指輪物語」》の実践的読み方を読み、「なるほどなあ」と思います。さらに、このガイドブックは、かなりの本好きも気づかなかった道の先に、豊かな野や湖、時には暗い沼を見せてくれます。そこが素晴らしい。
 そのやり方も、例えばキャロル=ジェイムズの《今まで私が読んだなかでも、一、二を争う高潔なラブロマンス》『マツの木の王子』を語る時、猿之助と玉三郎の「ぢいさんばあさん」が出て来たりします。よいものは確かによい、面白いものは確かに面白い、というのが赤木さんなのです。経験により育まれた赤木かん子という存在がそれを語っているのです。この『マツの木の王子』を、最初の刊行から三十年以上経っているのに《フェリシモ出版に復刊していただきました》というさりげない最後の言葉に、赤木さんの本への愛、そして本というものの命を感じます。
 わたしはこのガイドを夜読み、次の日の午前中には児童図書館に走っていました。おそらく日本中に、わたしのような走者を生むでしょう。そういう本です。(きたむら・かおる 作家)

ちくまプリマー新書
今こそ読みたい児童文学100
赤木かん子著860円+税

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