森村泰昌のオールナイトニッポン/とに~

 皆様、はじめまして。アートテラーのとに~です。一般の方にはまだまだ敷居が高いと感じられる美術。その魅力を語りで伝える仕事をしています。仕事柄、美術に関する悩みを寄せられるのですが、特に多いのが、「現代アートの面白さが、よくわからないのです」という悩み。それに対して、僕はこう答えるようにしています。「よくわからないから、面白いんですよ」と。
『ガチョーン』や『アイーン』といったギャグを、理解した上で面白いと感じている人はいませんよね? それらのギャグは、よくわからないから、面白いのです。現代アートも、同じこと。よくわからないものに出合ったのなら、「よくわからない(笑)」と笑い飛ばせばいいのです。そうするだけで、美術への敷居はグッと低くなります。しかも、慣れてくれば、“よくわからない(笑)”にも、作家によって違いがあるのがわかってきます。そこまで楽しめるようになれば、もう立派な美術観賞の上級者です。
 ちなみに、僕の中で最も“よくわからない(笑)”芸術家なのが、森村泰昌さん(一九五一~)。ゴッホの肖像画にマリリン・モンローに、名画の登場人物や著名人に扮し、その姿をセルフポートレート作品として発表し続けている芸術家です。一見すると、単なるモノマネやパロディ作品。抽象画やヘンテコなオブジェよりも、だいぶわかりやすい作品である気がします。しかし、森村さんの作品は、しばらく眺めていると、どんどんよくわからなくなってくるのです。「この人は、一体、何がしたいんだろう?」と。モノマネ芸人のように、ウケたいから誰かに扮しているのではなく、ただただ誰かに扮しているのです。そこには、何の主張も願望も、息遣いすらも感じられません。最終的に、森村さんは扮した人間に完全に溶け込んでしまっている印象を受けるのです。
 と、これは、あくまで僕個人の感じ方。森村さん本人は、ご自身の作品をどう捉えているのか、ずっと気になっていました。その答えは、彼の最新刊『美術、応答せよ!』の中にありました。こちらは、大学教授や美術家、小学生など計三十三人から寄せられた美術についての疑問質問に、森村さんが応答する形式で書き進められた本です。「回答」ではなく、「応答」というのがこの本の面白いところで、さまざまな角度から飛んでくる質問に対して、正面から向き合う時もあれば、のらりくらりとかわす時もあり、場合によっては、逆に質問にダメ出しをする時もありました。
 本の中での森村さんは、セルフポートレート作品とは対照的に、かなり雄弁です。それも、かなりの饒舌。森村泰昌という芸術家の息遣いが、これでもかと聞こえてくるようでした。自身の作品や創作活動のことだけでなく、美術の根源的な問題や美術界に関するトピックにいたるまで、幅広く美術について自分の言葉で語っています。その語りかける文体は異様に心地よく、読み進めるうちに「あれっ、この感覚、何かに似ているぞ」とモヤモヤが。しばらくして、「あっ、ラジオだ!」と自分の中でスッキリしました。森村さんが質問を読み上げ、その質問をベースに一方通行に話を広げていく。そして、その話がやがて不特定多数の誰かへと届けられる。まさに、森村泰昌の「オールナイトニッポン」。もしかしたら、森村さんはラジオのパーソナリティーになりきって、この一冊を書いていたのかもしれません。そういう意味では、この本もまた、森村さんの作品の一つと言えそうです。
 最後に、僕からも森村さんへ質問を。「この書を読んで、森村さんが何を考えながら創作活動を続けているのか知ることが出来ました。でも、知れば知るほど、やはりアナタは“よくわからない(笑)”芸術家です(褒め言葉です)。普段、何を食べているのですか?」(とに~ アートテラー)

美術、応答せよ! 小学生から大人まで、芸術と美の問答集
森村泰昌著1800円+税




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