2014年夏の成果―第二次大戦のプロパガンダ研究書/山本武利

 この夏は暑かったが、猛暑を吹き飛ばす二つの著作に出会えた。まず七月二五日に刊行された鳥居英晴の著書『国策通信社同盟の興亡――通信記者と戦争』(花伝社)である。鳥居本はA5判、八三二頁という大著だ。同盟通信社、とくに社長として戦争を煽った古野伊之助と、編集局長・常務理事の松本重治の戦争責任を追及する。同盟発足時の西安事件のスクープで名を馳せた松本重治は、新聞連合上海支局長時代の華々しい活動を、戦後ずいぶん経ってから『上海時代』という著書にまとめ、自身のリベラリストとしてのイメージアップに努めた。しかし鳥居は「戦時中の松本の言動の記録はあまり残っていないが、松本もまた同盟幹部として戦争に協力した」として、古野同様に松本の戦時期の言動を掘り起こす。
 鳥居本の書評を『メディア展望』九月号用にまとめた八月二五日に、渡辺考『プロパガンダ・ラジオ――日米電波戦争 幻の録音テープ』(筑摩書房)を手にした。渡辺本は五年前の二〇〇九年夏に放送された番組の書籍版である。鳥居氏と私は面識がないが、渡辺ディレクターとは長い付き合いである。
 それどころか私は渡辺氏の番組製作には当初からいろいろと相談に乗り、積極的な資料提供を行った。たとえば本書第五章で大きく引用されている、東京ローズなどの正体や背景について詳細に分析した、アメリカ側の「スペシャル・リポート」は、アメリカ国立公文書館で一九九六年に発掘した秘蔵の資料であり、私自身がまだ著述で使っていないものである。
 各方面の研究者、専門家が本書のあちこちに協力者として登場する。この番組はNHKが終戦記念日に合わせて製作する八月恒例の番組の一つであった。構想から放送までの期間は半年足らずという驚くほどの短期間であった。しかし本にまとめるには時間がかかったらしく、五年間を経て、ようやく刊行にこぎつけた。
 しかしその間に読み応えのある書籍版作成への努力がなされたようだ。映像では画面が中心で、それを補うために音楽、テロップ、ナレーションが付けられるが、ドキュメンタリーの番組ではナレーションのウエートが高いので、書籍的手法に近接する。しかしナレーション、録音盤やテロップをつなぎ合わせただけでは、読者をミスリードするおそれもある。とくに映像画面の急展開で視聴者を引き付けるテレビ的手法を書籍に取り入れると、書籍では場面や論理の飛躍と見なされ、読者は付いていけなくなる。
 映像内容の書籍化にはそれなりの工夫をこらさねばならない。そこで書籍的語り口にも長じた著者が必要になる。渡辺本を手にして、著者は映像と活字の両面をつなげる才能の持ち主と改めて見直した。記述への、映像的な手法の適度の導入で、書籍が陥りやすい平板な展開を避け、読者の興味を引き付けている。
 渡辺氏はこの本の本文で、NHK国際局OBの故北山節郎氏への敬意を表している。北山氏は日本におけるプロパガンダ放送研究の先駆で、貴重な研究書を何冊も残されている。本書第七章は北山氏の遺作『ピース・トーク――日米電波戦争』(ゆまに書房、一九九六年)をベースに、渡辺氏発掘の「幻の録音テープ」を駆使した圧巻である。北山氏がNHK在局中に、また退社後も長く追求した放送第一次資料が渡辺氏の製作と執筆のベースになっている。
 私は鳥居氏とは面識がない。おそらく渡辺氏と鳥居氏の関係もそうだろう。ところが鳥居本を読んで、鳥居氏と北山氏は資料、情報の相互交換を行っていたことを知った。鳥居本のあとがきで「北山氏が収集された資料なしには、本書を完成することはできなかった」と記されている。ついでにいえば、私は鳥居氏と同じくらい長く北山氏とつきあっていた。彼の在局中から資料提供と学恩を受けていた。拙著『ブラック・プロパガンダ――謀略のラジオ』(岩波書店、二〇〇二年)の資料扱いでもアドバイスを得た。
 こうしてみると、この夏の収穫といえる二つのプロパガンダ研究書は、北山氏が生前から支援し、あの世から導いた成果であると言えなくもなかろう。(やまもと・たけとし 早稲田大学名誉教授)

渡辺考著 2300円+税

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