今を生きる私たちの和食/阿古真理
二〇一三年十二月にユネスコの無形文化遺産に登録された和食について、取り上げるメディアがふえています。しかし、改めて考えてみると、私たちがふだん食べている料理の、いったいどこまでが和食と言えるのでしょうか。
味噌汁や焼き魚、きんぴらごぼうは、誰もが和食である、と賛成するでしょう。しかし、とんカツや肉じゃがなど、明治の肉食解禁を受けて生まれた料理は和食でしょうか。あるいは外国で日本食と思われているラーメンを「和食だ」と言うと、「それは違う」という答えも返ってきそうです。
素朴な疑問を残したままで、「和食=料亭の日本料理」、「和食=おばあちゃんの料理」といったイメージがなんとなくひとり歩きしていないでしょうか。しかし、世界に認められた文化遺産になったからこそ、改めて私たちの食文化について考えてみたい、と思って書いたのがこの本です。
登録のきっかけは、味噌汁などの誰もが和食と認める料理が最近食べられなくなっている、という危機感を京都の料理人たちが持ったことでした。確かに、醤油や味噌などのなじみ深い調味料の消費量はへり続けていますし、外国料理の店がどこにでもあり、家庭料理も必ずしも味噌汁や焼き魚が並んだものではなくなっています。
イタリア料理がブームになったり、スパイシーな味わいが広まったり、内臓を使ったホルモン焼きが流行ったりと、次々と新しい料理、新しい食べ方が流行り定着していく日本は、節操がないように見えることもあります。
視点を変えてみましょう。例えば外国へ行って食事すると、その国で好まれる味は、必ずしも親しんできた日本での外国料理の味ではないことに気づきます。
一方で、二〇〇〇年以降に流行して定着したカフェ飯は、外国の食材を使ったり、外国風のアレンジがされていますが、ご飯と合う味つけになっているものが多い。昭和後期に生まれて人気を得ていたファミリーレストランでも、洋食のメインディッシュに、パンではなくご飯を合わせる人は少なくありませんでした。
コメの消費量はへり続けていますが、私たちは、実はご飯を中心にした食文化を手放そうとはしていないのではないか。そして、歴史を振り返ってみれば、全国どこでもコメを日常的に食べられるようになってからの歴史は浅いのです。
和食とは何かを考えるには、ときには世界に目を向けたり、歴史を勉強しなければなりません。実はその範囲の広さに、最初は書くのを躊躇しました。食文化の研究者はたくさんいますし、私よりふさわしい専門家がいると思ったからです。でも、カレーやハンバーグなどの「洋食」で育った世代の私だからこそ、見えてくる和食の世界があるはずだと思い直しました。
まだまだ知らないことはたくさんありますが、たとえば、私が食文化の現代史をたどった三部作『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』、『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』、『昭和育ちのおいしい記憶』(三作とも筑摩書房)で書いたことを土台にし、そのときやったように、知りたいことを調べながら自分の生活の実感と照らし合わせて考える本なら、書けるだろうと思ったのです。
そして、自分も勉強しながら書いていく本なら、読者の皆さんと一緒に考えることができるのではないか、とも思いました。
そういう本は必要です。なぜなら、食文化はグルメの人たちだけのものでもどこかの偉い人だけのものでもなく、私たちも担い手の一人だからです。私たちがどんなルーツを持ってどんな歴史を受け止め、今の食卓をつくっているのか。これからどう新しい文化をつくっていくのか。そういうことを考えるきっかけとして、この本を読んでいただけるとうれしいです。
(あこ・まり 作家・生活史研究家)
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阿古真理著 820円+税
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