端境期にある国際情勢/眞淳平


 このところ、国際情勢では重大ニュース続きです。
 国会で審議が続く安保法制しかり、中国の南シナ海での埋め立て問題しかり、ギリシャの債務危機問題しかり、イスラム過激派組織やそれに影響を受けた人物によるテロ活動しかり。
 その背景にあるのは、従来の国際関係では当たり前だった前提、つまり基礎的な状況の変化です。
 日本では現在、集団的自衛権の行使の容認などを核とする安保法制が、急速に整備されようとしています。その背景には、アメリカの覇権に挑戦する中国の台頭という巨大なできごとがあり、一方で、日本と同盟関係にあるアメリカが、多数の国際問題に関与を迫られ、さらに巨額の累積債務にも対処を余儀なくされているため、地域安全保障の役割を一部、同盟国に担わせようとしている状況があります。これまでの国際関係においては、所与のものであり、日本が自国の安全保障の核として頼ってきたアメリカの覇権に、ある部分で揺らぎが出てきたことが、安倍政権を安保法制の早期の成立へと駆り立てている大きな理由のひとつなのです。
 中国による南沙諸島での埋め立て作業の実行は、中国がこの地域で影響力を拡大させつつあることの明らかな証拠です。南沙諸島を含む南シナ海は、全体に浅い海が広がり、アメリカ海軍の艦艇が通行できるような場所は限られています。中国は、そうした場所の周辺地域を埋め立て、自国の基地を作ることで、アメリカ海軍部隊の行動を監視し、ときには牽制することで、その自由な航行を難しくしようとしているのではないか、といわれています。成長著しい中国が、今回の行動をひとつの契機として、これまで世界の海を制してきたアメリカから、西太平洋での覇権を徐々に奪おうとしている可能性がある、というのです。
 ギリシャの債務危機問題は、拡大を続けてきたEUとユーロ圏の脆弱性を明らかにしました。これまでのEU・ユーロ圏では、拡大こそが善であるというのが大前提。加盟国間の経済状況や国民性の違いなどがあっても、それはEUの厳格な規則に従うことで乗り越えられる、と関係者たちは考えていました。ところが、いざフタを開けてみれば、ギリシャのように、巨大な公共工事や公務員への厚遇が当たり前、それによって巨額の財政赤字や累積債務を抱えるようになった国が、内部に存在していたのです。そこからEUは、ギリシャのような国がユーロ圏を離脱せざるを得ない事態が生じたらどうすべきか、それを周辺国に拡大させないためにはいかなる枠組みが必要なのか、を問われるようになりました。EU、ユーロ圏の拡大志向という従来の前提が、ある部分で見直されるようになったのです。
 中東・北アフリカ地域などにおけるイスラム過激派武装組織の勢力伸長の背景には、二〇〇三年の「イラク戦争」以降の混乱や、二〇一〇年から一二年にかけて起きた「アラブの春」の影響があります。一連のできごとから見えてきたことは、強権的な体制は一方で、混乱に陥りがちなこの地の秩序を維持する役割も果たしていたことです。独裁体制を倒した国々では、宗教や利害の異なる人々が無数の集団を生み出し、混乱が広がっていきました。独裁者を追い出せば欧米的な民主主義国家が建設される。先進国の人々の間にあったこうした期待は、もろくも崩れ去ったのです。ここでは、欧米式の民主主義こそあるべき社会体制であり、機会さえ与えればそれはどこでも実現可能だ、という先進国側の考え方が否定されたことになります。
 このように現在は、国際関係において、従来の秩序や考え方が変化する大きな端境期にあるといってもよいでしょう。
 本書は、こうした構図も含め、国際関係の基本を解説することを主眼に書かれています。日々流れてくる国際ニュースの洪水の中で、その意味は何なのか、このことの背景には何があるのか。それらを考えていただくことにつながれば幸いです。

(しん・じゅんぺい ライター)

ちくまプリマー新書
『地図で読む「国際関係」入門』
眞淳平著 860円+税

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