いつの世もげに難しきは人の縁、なれど……/五十嵐泰正
私は歴史学には全くの門外漢だが、現代人の願望や規範意識を織り込んで過去のできごとを読み解こうとすることの滑稽さは、ホームコメディのようになってしまう大河ドラマを見るだけでも実感できる。一揆という現象に向き合う著者の呉座さんにとって、まずもって決別すべきは、マルクス主義的な唯物史観の影響下で、長らく一揆を「階級闘争」や「体制を転覆する革命」として、ヒロイックに称揚してきた捉え方だ(そういえば、毎週楽しみにしてた『センゴク天正記』(宮下英樹作、講談社)では、信長が体現する集権的秩序への反抗者として描かれた紀州の雑賀孫市は、チェ・ゲバラの顔をしてたっけな)。
といって、現代から切り離された「遠い他者」のポジションに歴史を閉じ込めることもまた、現代の読者に対して、知的好奇心をエキゾチックに満たす以上のアクチュアリティは生みだしにくい。呉座さんは、「一味神水」に象徴される一揆の作法を、未開社会の呪術的な儀式であるかのように、過度に神秘的なものとみなしがちな向きにも、はっきりと疑義を表明する。
この双方と距離をとって、現代に人々の格闘の痕跡を伝える史料を素直に読み返していったとき、さまざまなタイプの一揆が新たな、そしてごくシンプルな輪郭をまとって浮かび上がってくる。イデオロギーやロマンチシズムを削ぎ落した時に見える一揆の本質とは、「立場の異なる人たちが心を一つにする、人と人とのつながり」にほかならない、と。
こう定義すれば、確かに「何でも一揆」になってしまうきらいはあるものの、読者の私たちに問いかけるものは非常に大きい。本書で取り上げられる一揆と呼ばれるものは、時代的に言えば、平安後期から社会変革期であった中世の一揆黄金時代を経て、江戸・明治までと幅広い。それらの一揆の主体や参加者数もまた、全藩をあげた百姓たちの集団から、大名たちの将軍への強訴や一対一の領主間の同盟契約というミニマムな形まで、これまた多岐にわたる。一揆が求めた目的はもちろんバラエティに富んでいるし、武装の程度もまちまちだ。だからこそ、読者の私たちが今日ニュースで見聞きする、あるいは自分自身が日々経験している社会的な動き――テロと呼ばれる暴力的なものであれ、日常的な問題解決志向の市民活動であれ――のどこかに、これらの一揆のラインナップと何かしら「ひっかかる」ものがあるのだ。それぞれの時代の社会通念を背景として、掲げる大義や「運動」の方法論はさまざまであっても、人々が縁を結んでつながり、それを頼みとして社会的に何かを求めるという営みの普遍性に、ある種の既視感を感じながら本書を読み進めていくのは、ちょっと不思議な読書体験だった。
一揆という営みの普遍性と、それぞれの時代の「つながりかた/求めかた」の変遷を知ったうえで、では現在の社会の中で私たちはどう動くことができるのか。読者がそう考えを深めることこそ、著者が最も望むところだろう。例えば、太平の江戸時代に領主との非武装交渉であった百姓一揆が、逃散をちらつかせながらの制度化された労働争議そのものだとすれば、グローバルなアウトソーシングが進んで領域的な労働力確保が意味を失いつつある現在、労働者の逃散(≒ストライキ)に代わって企業にちらつかせるべき切札はなんだろう、というように。
そして最も強く印象付けられたのが、「人々が心を一つにする」ことがいつの時代も難しく、それゆえ神仏への畏怖意識を動員したり親子兄弟を擬制する契約を結んでまで、その「一味同心」の証を求めようとした、人々のいじらしさだ。立場や利害が異なれば異なるほどそれは難しいが、だからこそそれを越えて縁を結び同心する価値は大きい。放射能、復興、安保法制……論争的なイシューを前にした分断を越える道筋が全く見えない昨今だからこそ、「君の大事が私の大事」という当事者意識の共有がすべての礎だという中世人が示す真理には、大いに触発された。(いがらし・やすまさ 都市社会学)
ちくま学芸文庫
呉座勇一著
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