品なきナショナリズムは国を滅ぼす/福田和也

 二〇〇三年、私は香山リカ氏との対談集『「愛国」問答』を出した。前年に氏は『ぷちナショナリズム症候群』という本を出されていて、その本を著したことによって生じた疑問や問題について、対談するという企画であった。
 香山氏の言う「ぷちナショナリズム症候群」とは、普段は「国」という問題などほとんど無関心でありながら、例えばサッカーの試合となると、スタジアムで「日の丸」を激しく打ち振り、大声で「君が代」を熱唱するなど、“愛国ごっこ”に興じる人たちにみられる思想傾向のことである。
 二〇〇二年にサッカーのワールドカップ日韓大会が行われた頃より、若者たちのそうした行動が目立つようになり、氏は「ぷちナショナリズム」の着想を得たという。
「ぷちナショ」に端を発した私たちの対談によって導き出された結論は、「日本社会では所得による格差が生じており、上からはグローバリゼーションの結果としてのアメリカ型のナショナリズム、下からはドメスティックなヨーロッパ型のナショナリズム、二つの波が起こっている」というものであった。
 本書『がちナショナリズム――「愛国者」たちの不安の正体』は、この十数年間に、そうした傾向がいよいよ顕著になり、かつてはムードでしかなかったナショナリズムが今や排外主義へと大きく傾き、「がちナショナリズム(現実主義的なナショナリズム)」に移行しつつある日本の現実をとらえている。
 下からの波は、在日韓国人・朝鮮人をののしりながら、大挙して行進をする「ヘイトスピーチデモ」に象徴される。
 サッカースタジアムの中で韓国チームに向けられていた日本人の敵意は、こうした露骨で禍々しい運動に発展した。
 一方、上からの波の象徴は「新自由主義ネット右翼」という不気味な存在である。
 高学歴で社会的地位の高い職業につき、高収入。徹底的な拝金主義者でありながらナショナリストでもある彼らは、裕福な生活を送りながら、中韓ヘイトの発言を熱心にリツイートし、自身もネットで中韓を「どうしようもない国」と罵る。
 排外主義者たちの根本にあるのは、自分たちの存在が脅かされるという不安だと、香山氏は指摘する。
 仕事を在日韓国人や朝鮮人に奪われ、貶められるという不安を抱く下層の人間は、彼らを罵倒することで鬱憤を晴らして不安を紛らわせ、安全かつ安定した暮らしを享受する上層の人間は、自分たちの生活を脅かす危険分子として、韓国人や中国人を排斥しようとしているというのだ。
 何故排外の対象が中韓なのかについて、香山氏はアメリカやヨーロッパ諸国など、日本とかけ離れた国ではなく、近隣の、似ているけれど異質なアジアの国が標的にされたのだと分析している。
 さらに、社会を成立させている「大文字の他者」という超越的な存在について言及し、今や現実的な不安の増大で、人々はそのフィクションを共有できなくなっていて、こうした排外主義を生む元凶になっているのだと解く。
「ヘイトスピーチデモ」にしろ、「新自由主義ネット右翼」にしろ、品のないことはなはだしい。
 果たしてこれはナショナリズムなのだろうか。国の威を借りて、自己保身を図ろうとしているだけではないのか。
 香山氏の予測通りに、排外主義が「がちナショナリズム」へと移行していった場合、一体日本はどんな国になってしまうのだろうか。今、私たちはナショナリズムとは何なのかを真剣に考えるときを迎えている。
 そこで重要になってくるのが、国としての品位であり、プライドであると、私は思う。それを保つことができれば、日本が滅びることはない。
(ふくだ・かずや 評論家)

ちくま新書
香山リカ著
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