バビロンでお金について学ぼう/福東優

 蓄財や自己啓発に関する本を刊行する目的は、読者に有益な情報を提供することであり、広い意味で便宜を図ることである。しかし、もちろんそういった愛他的な動機だけで著者が執筆に時間を割くわけではなく、その本によって著者自身が利益を得ることもまた目的のひとつである。
 だから、そうした「利益」に関してドライな面が目立つ本が、小説などほかのジャンルの本に比べて、商品という側面を強く感じさせるのは、当然と言えば当然であろう。
 そのせいか、蓄財や自己啓発に関する本は、読書人のあいだでは、評判はあまりかんばしくない。経済活動としてみれば、文学書や哲学書はたとえば「生の意味」などを売って利益を得ているわけで、その点では何ら差はないのであるが。
 しかし、まあそれはともかく、筆者が何を言いたいかというと、そうした貴賤意識のようなもので、カーネギーの千五百万部売れた本などがあるジャンルをまったく無視するというのも、なんだかもったいない話ではないかということである。
 さて、本題の『バビロンの大富豪の教え』である。
 著者のジョージ・S・クレイソンはミズーリ州生まれで、軍人として米西戦争を戦い、その後、地図会社と出版会社を興して成功を収めた。本書は銀行や保険会社が配布するパンフレットとしてはじめは章単位で刊行されたもので、本の形にまとめられたのは一九二六年である。
 クレイソンは古代都市バビロンを舞台にしたこれらの寓話が、その後ベストセラーになり、八十年にわたって読み継がれ、二百万部以上を売り、アメリカの金持ちの本棚にはかならずあると言われるほどになるとは、夢にも思わなかっただろう。
 バビロンの市民の「経済」を描きながら、クレイソンは、お金を蓄えるという、個人にとってある種、革命的な行為の始め方、その具体的な方法、蓄えた富の維持と増やし方についての提言を、軽い筆致で展開している。古代を舞台にしたことや、原文が文語体で書かれていることを考えると、彼はもしかしたら歴史マニアであったのかもしれない。物語作者としての力量は傑出しているとまでは言えないが、生彩を放つ登場人物を創造する手腕はなかなか見事である。
 本書が成功を収めたのは、おそらく彼がつねに個人の提言という形で自分の考えを説いたからだろう。それは蓄財や自己啓発の本の作者としてはじつに賢明なやり方であった。どうもこのジャンルの著者たちはしばしば「個人の提言」ではなく「神の提言」や「科学」といったものを通して語るきらいがあるのだ。それは残念ながらただ読者を辟易させるだけである。お金儲けや自己啓発の分野において優れた書物とは、著者が個人の立場、個人の視点で語った本だけのように見えるし、実際、長く読まれている本はそういうものが多い。カーネギーの『人を動かす』、ルイーズ・L・ヘイの『すべてがうまくいく「やすらぎ」の言葉』、ロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』など、この分野のマイルストーン的な本は、個人の体験がなければ成立しなかったものであるし、同時にそれを文章に定着させることができなければ現れなかったものである。
 残念ながら本書を読んだからといって、何年後かにヴァージン・グループのリチャード・ブランソンや、不動産王ドナルド・トランプのようになれるかと訊かれれば、さすがに返答に困るし、提言のなかには時代の変化によって参考にならなくなったものもある、しかし、お金ってなんだ? 自分にはなんでお金がないんだ? という疑問をふと抱いたかたには断固としてお薦めする。バビロンの市井に暮らす人々は思いがけないリアリティーと笑みをもって、ここ、ここがスタート地点なんだよと、にこやかに教えてくれるはずである。
(ふくとう・まさる 翻訳家)

『バビロンの大富豪の教え』
ジョージ・S・クレイソン
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