曾祖父暁斎が遺した陽気な妖怪たち/河鍋楠美

『暁斎百鬼画談』の元本は縦二一・二㎝×横一二・一㎝の小さな版本にすぎないが、妖怪たちの動きや構図の面白さから、発行当時から現在まで人気がある。これは、忘れられた暁斎を顕彰するために私が出版した二二冊の復刻本のうち、最初に完売した本であり、その後DVD化もした。それが、筑摩書房からオールカラーの文庫本となり、さらに広く知られるのは有難いことである。
 暁斎は風刺画や妖怪画を描く奇怪な画家という印象が強いようだが、暁斎の画域は幅広く、何でも描けたため、幕末~明治初頭の混沌とした時代にあって、世の中が好んだ妖怪画の需要に応えただけである。画中に「応需」の文字を多く見かけることからも、必ずしも本人が意図して描いたとは限らないとわかる。「要望されれば画家たるもの如何なる画題にでも応じられるよう、日頃研鑽を積むように」と弟子にも言っていた暁斎らしい。確かに、同時代の巨匠と言われる画家で、暁斎のように妖怪を楽しく描ける画家がいただろうか。
 一八八九年四月二六日、エルヴィン・ベルツは日記に「日本最大の画家暁斎は今日もつまい」と記し、同日、暁斎は亡くなった。それから一二〇年、特に戦後、暁斎の名は忘れ去られて久しく、復権運動のため美術館を創設してからでも三十年余になる。この間、ともすれば妖怪や幽霊を得意とする絵師と思われてきた暁斎だが、彼の作品群から見るとそれらはごく一部に過ぎない。昨年開催された京都国立博物館での「絵画の冒険者暁斎――近代へ架ける橋」展をご覧いただいた方は、道釈人物画、美人画、風俗画、動物画と、あらゆる画題の肉筆作品群を目の当たりにされ、暁斎が妖怪だけの絵師ではないことをご理解いただけたと思う。
 ただ、暁斎の描く妖怪たちは動きがあって面白いと現在でも好評だし、『暁斎百鬼画談』も時代の要望があって版本となったことは事実である。
 その『暁斎百鬼画談』がいよいよ文庫化される。しかも今回の出版では、同書をより良くご理解いただくための「道しるべ」まで用意されている。
 即ち、まずは伝統的な「妖怪画」の数々を研究されてきた小松和彦氏による暁斎妖怪画論だ。小松氏が暁斎の妖怪画をどう見られるか楽しみであったが、「百鬼夜行絵巻」と比較しながら、不完全に思われた『暁斎百鬼画談』に暁斎が仕掛けた謎を解き明かしておられる。そして、暁斎の妖怪たちの魅力を述べるとともに、暁斎の多様な画業の中における妖怪画の位置付けをも示唆して下さって、それには私も同感である。
 次いで安村敏信氏は、生前あれほど有名であった暁斎が、何故没後世に受け入れられなかったか、『暁斎画談』を中心に、その生い立ちから画業まで、暁斎を全くご存じない読者にもわかりやすく、詳しく紹介して下さっている。しかも代表作ばかりでなく、『興画帳』など新出の風俗画や『狂斎百図』『暁斎漫画』など絵本の妖怪にまで及び、暁斎のユーモラスな妖怪たちをその作品群の中に位置づけておられる。
 そして最後に、暁斎の妖怪画を研究し続けてきた岡島奈音氏が、『暁斎百鬼画談』と真珠庵本や東京国立博物館本の「百鬼夜行絵巻」とを詳細に比較しながら、画中の妖怪ひとつひとつの名前を解明してくれている。
 こうして、お三方による三様の豪華な論文によって、巨視的な解釈から微細な分析まで加えられ、暁斎の『暁斎百鬼画談』も新たなる息を吹き返した観がある。
 大英博物館で日本人初の展覧会「Demon of Painting : The Art of Kawanabe Kyosai(画鬼:河鍋暁斎の芸術)」が開催されて一六年になる。暁斎の魅力は、デッサン力やユーモア精神にあることが知られていたが、それが改めて世界に実証された展覧会であった。そして、その時もひときわ人気を集めたのが妖怪画だった。怖いもの見たさ、奇怪なもの見たさは世界共通のようだ。ただ、妖怪や骸骨のような不気味な画題であっても暁斎の手にかかると思わず笑いたくなるユーモアが漂っていて救いがある。この『暁斎百鬼画談』からも、単なる古画の模写では終わらない、暁斎独特な世界観を堪能していただきたい。

(かわなべ・くすみ 河鍋暁斎記念美術館館長)

河鍋暁斎 暁斎百鬼画談
安村敏信監修・解説
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