小学生にデリダ?/岡本裕一朗

 ひとが「思想」を必要とするのは、何歳からだろうか? 大学生となる18歳だろうか? それとも、多感な高校生活を迎える15歳だろうか? さいきんでは、「思想なんかいらない!」という声もあるので、この問いそのものを「ナンセンス!」と言うひともいるだろう。でも、こうした「無思想のすすめ」じたいが、一つの思想にもとづいているかもしれない。だとすれば、それも含めて、もういちど問い直してみよう。いったい、いつから「思想」は必要なのか?
 このたび出版する「ちくま新書」で、私はタイトルを『12歳からの現代思想』にした。しかし、これを見て、おそらく、さまざまな疑問が提出されるのではなかろうか。どうして「12歳」なの? 「哲学」と「思想」はどう違うの? 「思想」ではなく「現代思想」なのは、なぜ? いったい、どんな内容を語るつもり? 大人だって「難しい」という評判の現代思想が、子どもに理解できるの? 現代思想って、一部のマニア(あるいはオタク?)向けのもので、一般的なニーズはあるの?――ようするに、「12歳」と「現代思想」は、あまり相性がよくないように見えるのだ。それなのに、あえて「12歳からの現代思想」にこだわるのは、いったいどんな理由からだろうか。
 大学入試では、ずいぶん前から「現代思想」を背景にした文章が「国語」問題に出題されている。そのため、筑摩書房でも、その手の論集が参考書として高校生向けに出版されている。ところが、こうした流れは、少しずつ低年齢化して、ついには中学入試にまでおよびはじめたのだ。いまのところ一部とはいえ、現代思想的な文章が、チラホラ出てきはじめている。子どもは、12歳のころ中学入試(その準備)で否応なく「現代思想」に出会うわけである。しかし、「現代思想」なんて、小学校どころか、中学でも高校でも、学ぶ機会はない。大学でさえも、「現代思想」の講義が開講されていないところもある。それなのに、子どもたちはどうやって「現代思想」に立ち向かえばいいのだろうか。
 こうした疑問から出発して、私は、「現代思想」でどんなことが話題になっているかを、12歳の子どもにも分かるような形で語ることにした。中学入試問題を見るかぎり、子どもたちの読解力はかなり高い。とすれば、「現代思想」のメッセージは、12歳からでも理解できるのではないだろうか。そこで問題となるのが、「現代思想」として何を語るかである。
 私が本書で語ったのは、大きく分けて八つのテーマであるが、どのテーマも現代に生きる人々(子どもも含め)にはよく知られている。たとえば、第1章で問題にした「コピペ」(コピー&ペースト)は、情報ネットワークが発達した現在、子どもだってしばしば使う技法となっている。そのため、学校では、「コピペ禁止」が叫ばれているほどだ。けれど、「コピペ」を禁止すれば、問題が片づくわけでもあるまい。そもそも、オリジナルとコピーは、いったいどんな関係にあるのか? 「オリジナルからコピーが生まれる」という伝統的な発想は、どこまで維持できるのか? このように考えはじめると、すでに「現代思想」の問題圏に立っているのが分かるだろう。
 本書では、「コピペ」以外に、「性」や「環境」、「心」や「コミュニケーション」、「監視」や「民主主義」、「人間改造」といったテーマについて、あらためて問い直している。このとき、私の念頭にあったのは、現代思想家ミシェル・フーコーが語った発言だ。「いま何が進行しているのか? われわれの身に何が起ころうとしているのか? この世界、この時代、われわれが生きているこの瞬間とは何なのか?」これを考えるのに、「12歳」は決して早すぎることはない。
 小学生が難解なデリダの言葉を正確には理解できないとしても、デリダのメッセージなら共感できるのではないだろうか。そんな子どもたちが出てくるのを、私は楽しみにしている。
(おかもと・ゆういちろう 玉川大学教授)

『12歳からの現代思想』
岡本裕一朗著
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