聞き書きという仕事/塩野米松
ながいこと聞き書きという仕事をやってきた。
今度ちくま文庫に入れていただいた『聞き書きにっぽんの漁師』もそうした仕事のひとつだ。
私の聞き書きは、時間をかけて人の一生を聞き、それをまとめ上げるものがほとんどだ。同じ人のところに何度も通い、質問をしたり、おしゃべりをしながらテープに録音し、それを書き起こし、あちこちに飛んだ話を拾い集めて、読める形に仕上げてきた。
そこでは、育った環境や当時の風俗、修業時代の苦労や仕事にかける意気込みが語られ、仕事への誇り、技術や社会、時代に対する考えや意見が知らず知らずに現れてくる。
人の一生はその時代を生きてきた証である。
技や素材に対する話は、自然や環境に対するその職業の方達が持っていた考えや矜恃として映し出される。それは素朴なものではあるが、日本人が長い間に試行錯誤しながら、培い、育ててきた文化を論ずることでもある。
そう思ってさまざまな職業の方々の話を聞いてきた。
そうしたなかに、法隆寺の宮大工棟梁であった西岡常一氏、その弟子の鵤工舎舎主・小川三夫さん、そこで修業する弟子達と三代の人達に話を聞いたことがある(『木のいのち木のこころ(天・地・人)』)。三世代という長い時間軸のなかで技の継承や人を育てること、宮大工という生き方をそれぞれが時代の中でどう捉えているか、その変化の一端が浮かんできた。
この取材をしているときに、同じ時代に生きる、同じ職業の方々に話を聞いてみたら何が浮かんでくるだろうかと思った。
当然「今」という時代と、その職業が持つ社会的な背景、もしそれが成功しているならそれを支えている時代的な意味、衰退しているならそこに追いやられた理由が浮かんでくるのではないかと思った。
しかし、聞き書きの取材は仮説の上に成り立っているわけではないし、仮説の論証のためにするわけでもない。何しろ初めて会って、話を聞くのだから予想や仮説の立てようがないのだ。そんなものを持って話を聞きに行ったら、成果など望みようもない。自分を素にして聞くしかないのだ。素だから話してくれるのだ。それでも、話を聞いた上で並べてみたら何かが見えてくるかも知れないという予感はあった。
そして選んだのが「漁師」であった。
何故、漁師かと問われれば、明確な答えは持ち合わせていない。ずっと自然素材を扱う人や第一次産業の方に多く会ってきたから、それを続けてみたいと思っているのだろう。
話を聞くというのは、ただ質問するというのとは違うところがある。僕も話すのである。自分がどんな人間かを見てもらわなければ、相手も話しようがない。聞き手はリトマス試験紙のようなものだ。その時の自分を相手の前に置き、それまでの自分の生き方や経験を元に話を聞くのだ。話し手の話に反応した自分が、驚いたり、不思議がったり、次の質問をする。自分のことも話す。知っていることも話す。その糸口を見つけたり、関連話を聞くのだ。話の中に彼の生き方が浮かんでくる。
『にっぽんの漁師』では、沖縄から北海道稚内までそれぞれ環境も条件も違うなかで、海と魚を相手に仕事を続けている方々十三人を訪ねた。全て初めて会う方たちであった。聞くうちに、日本の沿岸漁業というのはこんなに酷い状況に来てしまったのかと思い知らされた。
海に囲まれ「水産国日本」と教わったのに……。
そこには絶望的な姿があった。
なぜそうなったのか?
誰がそうしたのか?
このままいけばどうなるのか?
漁師達は過去の話をしながら現状を語ってくれた。聞き書きで時代を横に切ってみたら、見えてきたものは現代日本そのものの姿であった。
(しおの・よねまつ 作家)
『聞き書き にっぽんの漁師』 詳細
塩野米松・著
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