百人一首は《困った》和歌集/大伴茫人

『小倉百人一首』は、最も親しまれている歌集でありながら、さまざまな点で《困った集》でもあります。
 まず、難解で意味の取りにくい歌が多すぎることです。「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを 藤原実方朝臣」などは、専門家以外にわかるはずがありません。詞書がないために状況をまったく取り違えてしまう歌もあります。「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之」は有名な歌ですが、真意を知ると唖然とするのではないでしょうか。また、語の切れ目がわかりにくい歌もあります。「難波潟みじかき蘆のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや 伊勢」の「過ぐしてよとや」はどう切って読めばよいでしょう。本書は、こうした点をなんとか気楽な形で理解してもらおうと思い、クイズ本という体裁をとったわけです。今の三首も、ぜひ本書の問題に当たってみてください。
 二つ目は、この集のせいではなく「かるた取り」のせいですが、《五七調》の歌も三句で切る《七五調》で読む癖がついているので、意味のまとまりが解らなくなっているものが多いのです。たとえば、「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花 凡河内躬恒」は、「初霜の置きまどはせる」とつなげないと意味が取れません。前掲の紀貫之の歌や後掲の持統天皇の歌も、二句切れです。本書は、これらを「五七・五七七」の二行書きにして歌意を明確にしたのが、大きな特徴となっています。初めは違和感があるでしょうが、読み慣れると五七調のリズムというものがわかると思います。本書でこれになじめば、五七調の多い『万葉集』や近代短歌も理解しやすくなるでしょう。若山牧水の「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」を三句切れで読んだのではねえ。
 それから、本書の「はしがき」では触れていない重要な点として、この集の歌は、一般的にその歌人の代表歌とみなされている作が選ばれているのではなく、《藤原定家とその時代の好み》によっているということを知っておいてもらいたいと思います。たとえば、在原業平ならば「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」ではなく、「月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」などにして欲しいところです。大伴家持や西行法師、また定家自身の作にしても、和歌にくわしい人ならば、すぐに違う有名歌が浮かぶでしょう。
 また、「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇」のように、『万葉集』の原歌「春すぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」ではなく『新古今集』所収の形で採られている歌もあります。山部赤人の歌も同様です。
 ついでですから、この歌の素材に関わりのあるクイズを一つ出しておきましょう。答は最後に。
 問「天の香具山」と並んで大和三山に数えられるのは?
   1吉野山・金峰山
   2竜田山・葛城山
   3畝傍山・耳成山
 ところで、『百人一首』からただ一首の秀歌を選ぶとしたらどれになると思いますか。そんなことは決められそうもないようですが、かなり確かな線で答えは出せます。それは、当時並び称されていた藤原定家と藤原家隆(九八番の作者)が、後鳥羽天皇から別々に『古今集』の第一の歌はどれかと問われて、異口同音に「有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし 壬生忠岑」と答えているからです。
 でもそれは専門家の見るところなので、あなたならどの歌になるでしょうか。私ならば、「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり 権中納言(藤原)敦忠」を挙げます。クイズを解きながら、また愛好歌の変わることもあるでしょうね。そんな楽しみ方もしてください。【クイズ答 3】
(おおともの・ぼうじん 文筆業)

『クイズでわかる百人一首』 詳細
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