新しい建築原理が生まれるとき/藤森照信

 日本人の間で、正確には建築界の外の普通の日本人の間で、最も名高い外国人建築家とは誰なのか?
 鹿鳴館やニコライ堂を手がけ日本の建築界の産みの親ともいうべきコンドルでも、日本の戦後建築発展の熱源となったル・コルビュジェでもない。専門家にはこの二人以外に考えられないのに、正解はライトなのである。
 なぜライトなのか。大正一二年に二代目帝国ホテルを作っただけで、これほど普通の人々の記憶に残るもんだろうか。日本人のライト好きは、母国アメリカを除くと異常というしかないが、その結果、逆に、ライトが二〇世紀建築史上に果した役割が正確に伝わっていないきらいがある。数年前、知人から、
「ライトって日本では有名ですが、世界的にも大事な建築家なんですか」
 と聞かれてたまげた。もちろん、決定的に重要で、世界の二〇世紀建築の原理の一つはライトから始まっている。
 空間の連続性というか流動性というか、部屋から部屋へ、内から外へ、壁で仕切られることなく身体と視覚が移動する、という二〇世紀建築の平面と外観の原理を発見し、自作のなかで実現し、世界に広めたのは、二〇世紀初頭、シカゴの売れない住宅建築家だったライトにほかならない。
 一八九三年、ライトはこの原理を、日本建築の中に発見し、シカゴの住宅で試み、その試みをドイツ語の本にしてヨーロッパで発表し(アメリカでは無視されていたので)、それに刺激を受けたドイツとオランダの若くて前衛的な連中(グロピウス、ミースなど)がやがてバウハウスを創設し、そこから世界へと一気に広がり、昭和初期の日本にも届く。
 明治の末に発した日本の伝統的建築の原理が、地球を一回りして昭和の初めに日本に帰ってくるともいえるのだが、大正期に完成した帝国ホテルはこのブーメラン現象とは関係していない。
 アメリカでの仕事にあぶれ、帝国ホテル建設のため大正五年に来日したライトに、遠藤新、土浦亀城、田上義也、岡見健彦と四人の日本人建築家が弟子入りしているが、四人とも、やがてバウハウス経由で日本にも届くのと同じ原理が帝国ホテルにも貫かれていることに気づいてはいなかった。私は、遠藤と岡見の生前には間に合わなかったが、土浦と田上にはインタビューしている。ライトの建築とバウハウスの建築を敵対的存在とむしろ認識しておられた。ライト自身がそうだったのだから仕方ないが。
 ライトが日本の伝統建築の中に、具体的には平等院鳳凰堂を摸した一八九三年のシカゴ万博日本館(鳳凰殿と呼ばれた)と明治三八年に初来日して訪れた日光東照宮の中に発見した空間構成の原理について、何と名付けていたかというと、
「オーガニック」
 だった。「有機的」。有機野菜の有機と似ているような違うような。
 ライトは、内側から成長してゆくことをオーガニックと言った。野菜のように樹のように内側から外へと伸びていって姿が生れる。空間の連続性、流動性をそのように形容したのである。
 のではあるが、それだけでなくもう一つの別の建築原理を一緒に加えていた。
「装飾」
 である。鳳凰堂にも日光にも、日本以外からライトが学んだ建築でいうとマヤ建築にも顕著な装飾。師のサリバンも得意とした装飾。連続的、流動的な構成の空間に装飾を付けたものを有機的建築としたのだった。
 しかし、オランダとドイツの若者たちは、装飾は切り離して、ライトの空間の構成だけを手にして走り、ホワイトボックス(白い箱)と呼ばれる二〇世紀建築を確立した。
 それを目撃したライトは、自分の建築とは反対の無機性を感じ取り、逆に自分の方を有機的と名付けた。ライトが自分の建築の原理を有機的と言語化したのは、一九三〇年代初頭にバウハウスやル・コルビュジェがホワイトボックスを確立した後なのである。
 真に新しい空間や言葉が生れる経過は、調べてみるとややこしくからみ合っている。(ふじもり・てるのぶ 建築史家)

『有機的建築 オーガニックアーキテクチャー』 詳細
フランク・ロイド・ライト著 三輪直美訳

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