〈ついこのあいだ〉の戦争/小林信彦
半藤一利氏の『15歳の東京大空襲』を読んでいて、なんだ、これは私の体験とそう変らないじゃないか、と思った。
そう思ったのは『昭和史』を面白く読みながら、著者の年齢についてあまり考えない――それどころか、ずっと年長の人と思っていたようである。そういう人でなければ、複雑な昭和史を、まるで講談のような面白さ(これはホメているのだが)で語ることはできないという先入観があったのである。
ここに出てくる昭和十七年四月十八日の〈ドゥリットル空襲〉や、〈轟沈〉についてのラジオ解説を、私はきのうのことのように覚えている。よけいなことを書けば、「轟沈」という当時のドキュメンタリー映画のビデオを持っているし、轟沈の歌(かわいい魚雷といっしょに積んだ……というあれですね)も全部うたえる。戦時中のサブカルチュアについてのもろもろは、口にしないけど、記憶の底にひそんでいる。
半藤さんの生年を見てみると、昭和五年で、私より二年上なだけなのだ。
つまり、この本は東京の向島生れの一少年の物語、戦争体験記だ。私はわずか二つ下だが、工場で働かされることもなく、昭和二十年三月十日の大空襲を、埼玉県の集団疎開先で眺めていた。
ついでに書けば、私たちは三月十日(陸軍記念日)に東京に帰ることが決っていた。もう一日早く帰っていれば、両国(現・東日本橋)で、文字通り、大空襲の惨事の中にあったのだ。げんに東北のあちこちに疎開していた学童は、〈三月十日帰京〉を守るために前の夜に列車に乗り、上野に着いたときは大空襲の直後で、そのまま浮浪児になった者もいた。
この本に出てくるさまざまなディテイルははなはだ正確で、一〇〇ページの〈敵機の爆音集〉なるものはレコードが出ていたのです。私も教室で〈爆音〉のあてっこをやらされたものです。
ただ、この時代は、わずか二年の差で、体験がかなり変ってくるので、私は埼玉県の疎開先から、そのまま新潟県の新井という町に疎開することになる。国民学校(小学校)六年は卒業式もなく終って、高田中学(現・新潟県立高田高校)の一年生になった。
半藤少年は下町大空襲をもろにくらって、呆然とし、のちに〈戦争は真に悲惨なものです〉と書き記すことになる。彼は無数の屍体を眺め、茨城県下妻の下妻中学に転入するが、三月十日の命びろいした話を〈ほぼ五十年近く〉だれにも話さなかったという。
三月十五日に下妻に移った少年は、ここでも機銃掃射を受け、〈無差別攻撃にたいする嫌悪に近い憎しみの感情〉を抱く。これが〈中学三年生の対アメリカ観〉であった、とことわっている。
その点、大空襲をもろに受けなかった私の〈アメリカ観〉は、一〇四ページに記されている〈日本人の頭蓋骨をおもちゃにしている子供〉への憎しみどまりであって、憎悪は〈集団疎開でやたらに殴られた海軍出身の教師〉、つまり、日本人に向いていた。それと〈子供の集団が作り出すいじめ〉。
半藤少年は七月中旬、一家で汽車の切符をなんとか入手して、新潟県長岡市在の寒村に移る。父親も少年も、もはや死ぬのはゴメンという厭戦気分になっていた。
広島、長崎への原爆攻撃、ソ連軍の満州侵攻、そして八月十五日の天皇のラジオ放送――少年はこの放送を長岡市の津上製作所の工場内で聞く。
そして、こう思う。「とうとうわが大日本帝国もごはさん(ご破算)になったんだな」
戦争が悲惨なもの、というのは朝鮮、ベトナム、イラクで、いやというほど見てきたが、日本本土でも、ついこのあいだ、あったのである。著者が言いたかったのは、そこだと思う。
(こばやし・のぶひこ 作家)
『15歳の東京大空襲』 詳細
半藤一利著
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