年金の「入門書」が分かりにくい理由/鈴木亘

 大学で社会保障論を教えているという商売柄、私は、年金に関する入門書、啓蒙書を数多く読んでいます。しかしながら、国内で出回る入門書、啓蒙書の類は、必要以上に難しすぎたり、無味乾燥であったり、国民が疑問に思うことにまったく答えていなかったりと、長年、学生や友人たちに薦められる本がまったく存在しないことを残念に思ってきました。
 皆さんも、年金に対する不安感から、手ごろな新書や入門書の一冊や二冊に、手を伸ばした経験をお持ちなのではないでしょうか。ことによると、奥さんに文句を言われながらも毎年のように年金関係の本を購入し、本棚には既に十冊近い本があるというツワモノもいるかもしれません。しかしながら、一冊でも購入した本をきちんと読み通したという経験をお持ちの方は、恐らくはほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
 私の友人たちや学生たちに話を聞いても、本の内容が全く頭に入ってこなかったり、本を開くたびに強力な睡魔に襲われて、どうしても初めの十頁以上は読み進めなかったという者が多いようです。かくして、年金の本は積読状態で本箱の隅に追いやられ、ときおり視界に入ると、購入者の罪悪感を刺激するだけの「うらめしい存在」となってしまいます。
 いったい、どうして「年金制度の入門書」はかくも難しく、無味乾燥なのでしょうか。入門書、啓蒙書とは言いながら、その専門用語の満載ぶりは、一般人の耐えられる限界をはるかに超えているように思われます。実は、その理由は意外にも簡単で、ポイントは「誰が何のために書いているか」ということにあります。
 驚くべきことに、現在、日本で出版されている「年金制度の入門書」の大半は、厚生労働省の官僚、官僚OB、厚労省や政府の審議会や研究会の委員を務めた有識者や学者によって書かれています。
 こうした人々は、いわば、日本の年金制度の問題を引き起こしてきた張本人たちです。そして、ほとんどの場合、マスコミによる自分たちへの批判を回避したり、国民を情報操作するために、入門書を書いています。したがって、その内容はまさに「大本営発表」、自己を正当化するための言い訳や嘘に満ち、一方で都合の悪いことはすべて隠していますから、分かりやすいはずがありません。
 また、こうした人々は、そもそも年金制度を複雑に語ることで国民や政治家を煙に巻き、シロウトを年金論議から遠ざけることで、利権を得てきました。長い間、必要以上に複雑に語る習慣が身についているので、その悲しい性ゆえ、分かりやすく説明しようとしてもできないのでしょう。
 もっとも、ある意味で、こうした本は内容が歪んできますが、きちんと読まれもしないので「無害」な存在であったといえます。その常識が変わったのが、二〇〇九年に細野真宏という予備校講師が書いた『「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?――世界一わかりやすい経済の本』(扶桑社新書)というベストセラーの登場です。細野氏は商売柄、一般の人に分かりやすく説明することに長けた著者なのでしょう。これまでも経済学の内容を分かりやすく解説した本を出しては、ベストセラーを生み出してきましたが、この年金に関する本についても、国民の幅広い層に読まれるものとなりました。しかしながら、おそらくは、ネタの仕入先が間違っていたためでしょうか、その内容は、「国民年金の未納者が増えても問題が無い」というような荒唐無稽なものでした。このような内容の本が売れるということに筆者は少なからず驚きましたが、間違った知識を、分かりやすい口調で、国民の幅広い層に届けられてはたまりません。
 この有害なベストセラーの存在が、筆者に「本気で分かりやすい年金の本を書こう!」というやる気を奮い立たせることになりました。長年、年金に関する授業や講演を行なってきた経験をもとに、正しい知識を分かりやすく説明するために温めてきたアイディアを全て具体化しました。その中身については、実際に書店で手にとって見ていただきたいと思いますが、細野氏や厚労省関係者たちの本と、まさに一八〇度異なる内容に、まずは驚かれるに違いないと思います。
(すずき・わたる 学習院大学教授)

『年金は本当にもらえるのか? 』 詳細
鈴木 亘 著

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