科学は想像力の羽ばたき/竹内 薫

 映画のSF超大作って、どうしてアメリカ発がほとんどなんだろう? ここ数十年ほど、そんな素朴な疑問を抱き続けてきた。むかしは日本発の『ゴジラ』があったし、アニメの『鉄腕アトム』だって世界中に発信されていた。今でも日本アニメは強いけれど、どちらかといえばオタクの領域にとどまっていて、世界を動かすような原動力にはなっていない。なぜ日本からは『スターウォーズ』や『アイアンマン』のような作品が生まれないのだろう。
 同様なことは(科学技術系の)ベンチャー企業にもいえる。アメリカからアップル、グーグル、(電気自動車の)テスラといったベンチャー企業が巣立って、巨大化していくのを見るにつけ、なぜ、日本から同じような企業が生まれないのか、不思議でしょうがない。むかしは、トヨタ、ホンダ、日立、ソニーといった企業がどんどん生まれ、世界に羽ばたいていったというのに。
 いま現在、アメリカと日本とでは、科学技術の「人気」に大きなギャップがある。私はそこら辺に、日本において、SF超大作や科学技術系企業の誕生を阻んでいる要因が隠れていると感じている。
 かんたんな数字をあげてみよう。アメリカでは「サイエンティフック・アメリカン」という一般向けの科学雑誌がアメリカ国内だけで七〇万部売れている。ところが、その日本版である「日経サイエンス」は三万部程度だ。人口比を考慮しても、日本では、アメリカの一〇分の一しか売れていない計算になる。
 あるいは、こんな数字もある。二〇〇六年のPISA国際学力調査では、「科学についての本を読むのが好きだ」という問いにイエスと答えた生徒の割合が、日本は三六%、OECD平均では五六%だった。つまり、アメリカだけでなく、世界と比べても日本人は「科学技術に興味がない」状態に陥っているのだ。一昔前は、日本といえば「科学技術」の代名詞だったが、今や、往年の面影はない。
 もともと科学技術は「未来」を見据えている。その根底には豊かな「想像力」と力強い「創造力」がある。創造力が貧困な国は、映画のSF超大作もつくれないし、科学技術系のベンチャー企業も育てられない。
 一科学作家として、私は、今の日本における「科学の人気凋落」を憂うとともに、大きな責任を感じてもいる。
 先日、私が翻訳した『脳神経学者の語る40の死後のものがたり』(デイヴィッド・イーグルマン著、竹内薫、竹内さなみ共訳)という本は、科学が元気いっぱいのアメリカ発の科学ファンタジーだ。原書を一読して感じたのは、イーグルマン博士の想像力の羽ばたきである。日本だったら、科学者がフィクションを書くなんて御法度だろう。そこまで想像力を羽ばたかせてしまうと、日本では怒られる。
 でも、イーグルマン博士の40の死後のものがたりは、科学に始まり、科学に終わる、きわめて斬新な「科学小説」なのだ。この物語は科学者でないと書けない。今はフィクションかもしれないけれど、百年後には、40の死後のものがたりのうちの一つが科学の領域に入ってくるかもしれないからだ。
 すでにアメリカではベストセラーに食い込んでいるイーグルマン博士の本を通じて、色褪せてしまった日本の科学技術が触発され、一般の人々の心の中に眠っている科学的な想像力をかきたててくれるといいなぁ……そんな淡い希望を抱きつつ、一年ほどかけて翻訳をした。
 科学技術への興味を失ってしまった現代日本で、イーグルマン博士の本は、どのように受け止められるだろう。今、固唾を飲んで見守っているところなのである。
 あ、言い忘れたが、この本は40ではなく41の死後のものがたりになっている。日本版だけのおまけ付きなのだ。どうか、本屋さんの店頭で手にとってみてください。
(たけうち・かおる 科学作家)

『脳神経学者が語る40の死後のものがたり』
デイヴィッド・イーグルマン著 竹内薫/竹内さなみ訳
※近日発売

    2008

  • 2008年1月号
  • 2008年2月号
  • 2008年3月号
  • 2008年4月号
  • 2008年5月号
  • 2008年6月号
  • 2008年7月号
  • 2008年8月号
  • 2008年9月号
  • 2008年10月号
  • 2008年11月号
  • 2008年12月号

    2007

  • 2007年1月号
  • 2007年2月号
  • 2007年3月号
  • 2007年4月号
  • 2007年5月号
  • 2007年6月号
  • 2007年7月号
  • 2007年8月号
  • 2007年9月号
  • 2007年10月号
  • 2007年11月号
  • 2007年12月号

    2006

  • 2006年9月号
  • 2006年10月号
  • 2006年11月号
  • 2006年12月号

「ちくま」定期購読のおすすめ

「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。

電話、ファクスでお申込みの際は下記までお願いいたします。

    筑摩書房営業部

  • 受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
    〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3
TEL: 03-5687-2680 FAX: 03-5687-2685 ファクス申込用紙ダウンロード