縛りをかけて書くべし/飯間浩明
文章を書くとき、さまざまな縛りをかけて、つまり、制約を設けた上で書くと、読み手によりよく伝わる文章になります。
これ、本当です。
縛りをかける、と言うだけでは分かりにくいかもしれません。ひとつ、私自身のことを例にとって説明しましょう。
あるとき、活字になった自分の文章を読み返していました。執筆当時はよく書けたと満足していた文章も、しばらく経って読むと、ひっかかる所が出てきます。たとえば、次の表現。
〈読者がどんな反応をするかについての想像力〉
「反応する」ならばごくふつうの言い方ですが、「反応をする」という言い方は、われながら違和感がありました。「発生する」「殴打する」を「発生をする」「殴打をする」とは言いにくいのと同じです。「反応する」のようないわゆるサ変動詞の中には、間に「を」を入れにくいものがあります。この場合は、「反応を示す」と書いておけばよかった、と後悔しました。
実は、「反応をする」は、現代語としてさほどめずらしい表現ではありません。作家の文章にも出てきます。〈蛇のような反応をしていながら〉(森茉莉『甘い蜜の部屋』)、〈原爆に遇ってこういう反応をした人間ならば〉(大江健三郎『ピンチランナー調書』)、〈母という人がどんな反応をするのか〉(池澤夏樹「梯子の森と滑空する兄」)、〈二人はどんな反応をするだろうか〉(桐野夏生『OUT』)――といった具合です。「反応をする」は、現代では一般に受け入れられた表現です。
ところが、明治文学を見ると、様相が異なります。主要な作品の中には、「反応する」はあっても「反応をする」はありません。夏目漱石は、〈胃弱性の皮膚も幾分か反応を呈して〉(『吾輩は猫である』)のように、「反応を呈する」も多く使っています。「反応をする」は、私の知る限り、有島武郎『惜みなく愛は奪ふ』(1917〈大正6〉年)に〈個性はこれに対して意識的の反応をする〉とあるのが「最古例」です。
私が自分の文章の「反応をする」にひっかかりを感じたのは、これが比較的新しい言い方だったからです。
このことをきっかけに、自分の文章では「反応をする」を使わないことに決めました。これが冒頭に述べた「縛り」です。
断っておきますが、「反応をする」という表現について、これが誤用だとか、「皆さんも、使うのはよしましょう」とか言っているのではありません。自由に使っていいのです。ただ、私自身は、自分と同様に、この表現にひっかかって、内容に集中できなくなる読者がいることをおそれました。そこで、「反応をする」を「NGワード」(使用禁止語)に加えました。
このNGワードは、「誤用」を意味しません。あくまで個人の判断で設定するものです。私自身が使用禁止にしたことばは、このほかにも山ほどあります。「ぜひ使おう」と自らに課したことばも、山ほどあります。これらをすべて他人様に強いるなんて、できるはずはないし、すべきでもありません。
使用を禁止した、または使用を課した語句や表現、述べ方が多ければ多いほど、私自身はしんどくなります。でも、「読者に伝わるように書こう」という観点でかけた縛りですから、私がしんどくなる分だけ、読者は読むのが楽になるはずです。
文章を推敲するということは、自分でこの縛りを設け、書いた文章がその縛りに違反していないかを確かめることです。そうして初めて、読み手によく伝わる文章ができあがります。
自分の文章に縛りをかけるなんて、そんな面倒くさいことはやりたくない、第一、どんなふうに縛りをかければいいのか分からない、と言う人も多いだろうと想像します。そこで、楽しみながらできる10種のトレーニングをまとめました。ゲーム感覚で、伝わる文章が書けるようになるトレーニングです。
私のトレーニングを通じて、自分を縛ることの楽しみを味わってください。などと言うと、何やらマゾヒズムの勧めのようですが、実際、そのとおりです。どんな性格の人も、文章を書くときだけは、マゾに徹することをお勧めします。
(いいま・ひろあき 早稲田大学講師・『三省堂国語辞典』編集委員)
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