アウトローに透かし見る社会/萱野稔人

 アウトローというのは、人びとから忌み嫌われる存在であるとともに、どこかで人びとを惹きつける力をもっている。私もアウトローの話題はけっこう好きで、たとえば『カネと暴力の系譜学』のなかでヤクザについて論じたり、裏社会や非合法暴力組織についてさまざまなところで議論したりしてきた。ただ、これはこれで一部の人には不思議なことと映るようで、ときどき「なぜ哲学者であるあなたがアウトローについて論じるのですか?」と訊かれることもある。たしかに哲学者でアウトローの存在を考察の対象にしている人は少ないかもしれない。日本の哲学界ではなおさらだろう。しかし、個人的な生いたちや嗜好とは別のところで、私にもアウトローの存在に興味をもったそれなりの――理論的な――理由がある。
 その理由の一つに、近現代史においてアウトローが果たしてきた社会的な役割がある。たとえば戦後の日本では、左翼運動をつぶすためにしばしばヤクザたちが治安当局によって活用された。六〇年安保のときの「アイク(アイゼンハワー)歓迎実行委員会」の事例はとりわけ有名だろう。ほかにも、炭鉱での労務管理のために、ムショ帰りのアウトローたちが警察OBのもとで組織され、現場の坑夫たちを暴力的に管理していた実態は、上野英信『追われゆく坑夫たち』に詳しい。あるいは逆に、秩父困民党事件のように、博徒などのアウトローが義憤にかられて農民一揆を指揮し、権力に抵抗した事例もある。このときは、明治政府の治安当局は相当焦って、どうやったらヤクザたちを体制内化できるのかを本気で考えた。そこで見いだされたのが、アウトローたちを建設業界や売春業界の管理者として、治安当局との協力関係におくという方法だ。おそらく秩父困民党事件は、近代以前の「義賊」が資本主義社会の成立とともに消滅していく過程で放たれた、最後の閃光だった。
 あまり認識されていないことだが、そうした歴史的過程を、ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』のなかで分析している。もちろんそこで分析されているのは、日本ではなく、フランスでの歴史的過程である。フーコーの『監獄の誕生』といえば、「規律・訓練」という新しい権力のあり方を分析したことで知られる、フランス現代思想の古典中の古典だ。この本によって、抑圧的にのみ作用するというそれまでの権力のイメージは根本的に刷新された。そんな高尚な本が俗っぽいアウトローの変容過程を分析しているなんて……、と訝しがる人もいるかもしれない。しかし、フーコーにとって、「規律・訓練」という新しい権力のあり方が近代資本主義社会の確立とともに広がっていく過程とは、同時に、権力とアウトローの関係が変容していく過程でもあった(フーコーはその変容したアウトローを「非行者」と呼ぶ)。事実、フーコーは、資本主義の確立期において、アウトロー的な違法行為が農民たちの抵抗運動として展開されたことを、規律権力の広がりの大きな契機として位置づけている。日本でいえば、まさに秩父困民党事件が規律権力拡大のメルクマールとなったということだ。
 近代への移行期における、そうした原初的な社会的反抗としての「義賊」の姿を、統一的な視点から歴史的に探究したのが、エリック・ホブズボームの『匪賊の社会史』である。そのなかでホブズボームはとても示唆に富む指摘をしている。つまり、「資本主義的および資本主義以後の農業制度はもはや農民社会のそれではなくなっており、義賊を生み出すことをやめる」、と。この指摘は、規律権力の広がりをアウトローの変容過程とむすびつけるフーコーの認識と深いところで響きあうものだ。もちろん『匪賊の社会史』は、フーコーの権力論をまったく知らない人が読んでもひじょうにおもしろい歴史書である。難解な思弁や理論がでてくるわけでもない。ただ、歴史的な出来事を知るためだけにのみこの本を読むのは少しもったいない。すばらしい歴史書は同時に偉大な理論書でもある。フーコーの『監獄の誕生』につながるような、アウトローを切り口とした社会理論として、『匪賊の社会史』は読まれうるのだ。
(かやの・としひと 哲学者・津田塾大学准教授)

『匪賊の社会史』 詳細
エリック・ホブズボーム 著 船山榮一 翻訳

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