性欲と技術の変化を描く/荻上チキ

 八〇年代から〇〇年代にかけての約三〇年間、セックスメディアをとりまく風景は大きく変化した。セックスメディアは三つに大別できる。エロ本やアダルトDVDなど、マスターベーションをサポートしてくれる「オカズ系」。出会い系喫茶や出会い系サイトのように、パートナーを見つけるための「出会い系」。そして性風俗店舗やその紹介サイトのように、実際に性サービスを受けるための「性サービス系」だ。
 まず「オカズ系」から見ていこう。エロ本やVHSビデオが主流だった八〇年代から時を経て、〇〇年代はアダルトサイトが中心だった。かつては売り手と買い手との「情報の非対称性」を前提としていた市場であったため、「ダイレクトメールの“保存版ハダカビデオ! 奥の手まで見せちゃいます!”という文言を信じて一万円払ったら、届いたのは相撲ビデオだった」的な笑い話もしばしば囁かれた。インターネットによる動画配信サイトや口コミサービスが発達するにつれ、無料サンプルで確認してから購入する(というよりはむしろ無料サンプルだけで事足りる)、作品や女優についての口コミを共有する、動画共有サービスを用いてイリーガルな仕方で享受する、といった利用法が一般的となり、旧来的な「オカズ系」のセックスメディアは「適応か衰退か」の二者択一を迫られることとなった。
 一九八五年以降に発達した「出会い系」の中心にあったのは、テレクラや伝言ダイヤル、ツーショットダイヤルといった「電話風俗」であった。それが、一九九五年には数々のパソコン向け出会い系サイト、一九九九年にiモードが開始された直後よりケータイ向け出会い系サイトが多数開設。「〇〇年代出会い系」と言えばそのほとんどが出会い系サイトとなり、繁華街には大手出会い系サイトの巨大看板が掲示され、アドトラック(広告宣伝カー)が街中をかけめぐっていた。
「性サービス系」における変化もまた見逃せない。各風俗店舗には店舗サイトが用意され、地図、連絡先、プレイ内容と必要料金、在籍女性の一覧とその出勤スケジュールなどが共通コンテンツとして並んでいた。風俗サイトへの導線となる風俗検索サイトには、「店舗検索(場所別、料金別、業種別、営業時間、こだわり、イベント情報、割引情報)」、「女の子検索(おこのみ検索、新人情報、グラビア、ランキング)」、「風俗体験(体験漫画、動画、読者レポート、体験レポート、ウェブラジオ)」、「コンテンツ(リンク、メルマガ、BBS)」といったコーナーが用意されており、ニーズ(欲望)に合わせた細かなマッチングを可能にしている。
 繁華街には、「夜の求人誌」となるフリーペーパーがマガジンラックに置かれ、夜には風俗案内所のネオンが光る。ケータイの存在を前提とした派遣風俗の広がりもまた、風俗そのものの姿に大きな変化をもたらした。九〇年代から〇〇年代を「失われた二〇年」と括られる日本であるものの、すべての分野が「袋小路の歴史」であったわけではなかった。
 〇〇年代のセックスメディアを語る上で、ケータイとインターネット、この二つの存在は欠かせない。といっても、技術的変化によって産業が変化させられたという「技術決定論」的な思考をするのは早計。例えば出会い系サイトには「三大サイト」と呼ばれるメジャーサイトがある。そのいずれも、かつてはテレクラやツーショットダイヤルといった「電話風俗」を経営していた会社だということは意外と知られていない。
 九八年の風営法の改正により公安委員会への届け出が必須となり、広告の配布制限がかけられ、九〇年代末期は電話風俗にとっては逆風が吹いていたが、「出会い系サイト」がその活路として見出されたことにより、続々と「次のビジネス」として選択されていった。政治的権力からの圧力や道義的批判などの制約をかいくぐりながら、その最適な環境を求め続けていくセックスメディア。姿形が変われど、その運動そのものが止まることはない。
 新著『セックスメディア30年史』では、そうしたセックスメディアの変化の内側に立っていたアダルトサイト、出会い系サイト、アダルトグッズ、アダルト書店、エロ本元編集長など、新旧さまざまなセックスメディアの関係者に話を聞き、欲望の現在を描き出すための記録を残し、その変化を分析している。欲望がどういった技術をさらに欲望したのか、技術的変化などが欲望にどう応じていったのか。スリリングな証言をお楽しみいただけると思う。
(おぎうえ・ちき 批評家)

『セックスメディア30年史 ─欲望の革命児たち』 詳細
荻上チキ 著

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