ラッピング・ペーパー カルチャー/下條信輔

 日本は包み紙の文化だ。日系米人の親しい研究者が、突然私にそう言ったことがある。
 このとき私がとっさにした応答が、我ながら情けなかった。日本ではデパートなどの包み紙が丹念で奇麗であるという話を、思わずしてしまった。実際アメリカでは、特別に頼まない限りはたいてい袋に放り込んで終わりだ。またあるとき、米国人に伝統工芸小物のプレゼントをしたところ、中身よりもむしろ包み紙の和紙の方にえらく感心され、当惑したこともあった。
 しかし後で考えると冒頭の彼はたぶん、こういう即物的な意味で言ったのではない。もう少し象徴的な意味だったのだろう。たとえば日本の文化は形式を重んじる、物事の中身よりも外形や手続きを重んじる、など。むろん多少は揶揄のニュアンスもあったはずだ。
 日本文化は儀礼的、形式的だとよくいわれる。否定的な文脈で言われることが多い。外側の挨拶にばかりこだわって、気持ちが伴わない。冠婚葬祭も形骸化してむやみに華美、荘厳、長大になるが、皆内心では迷惑している。内容を伴わない学歴、形ばかりの推薦状、マニュアルに頼る若者、中身より書式が大事な官僚、型通りの発想しかできない若手研究者、等々。そういう形式主義がすみずみまで浸透してシステムを硬直化する。
 こういう批判には一面の真実があり、十年ほど前米国の大学に移った私も、そう思っていた。だが米国生活も長くなると、こちらの文化の欠点も見えてくる。それと対比すると日本の包み紙文化にも良いところがあって、その良さは案外奥が深い気もしてきた。包み紙文化は、「情動の論理」に深く根ざした東洋的知性だとも言えるのではないか。
 中身が先にあって表現の形式を考えるのが普通だが、形式から中身が生まれることも案外多い。消費文化のような表層でも、ブランドイメージが上がればいずれ質が追いつく。だがもっと原初的な、たとえば身体運動でも、基本の様式は重要だ。柔道や空手など、伝統武芸の礼や型はその代表だろう。
 社会的な場面ではもっと明快に「形式に則る」ことが重要となる。学校や会社の様々な行事もそうだし、制服だってこの意味で採用された形式のひとつだろう。茶道や華道、歌舞伎や狂言などで、心を込めるために逆に作法や型のくり返し修練が強調されるのは逆説的であり、示唆に富む。
 これには心理学的、神経科学的な根拠もある。たとえば臨床心理学のロールプレーイング法では、悲しい(嬉しい)役を三十分ほど演じるだけで、その気分になってしまうという。また表情研究の泰斗、P・エクマンの研究では、笑うこと(泣くこと)に伴う顔筋の変化を、鏡を見ながら精緻に再現する訓練をするだけで、実際に気分が変わってしまう。情動は、自己のふるまいの認知に基づくらしい。
 だからたとえば師に礼をもって接すれば、それなりの気持ちが伴ってくる可能性は大きい。このとき「礼は実際の気持ちとは関係ない」というのはあくまで分析の論理であって、情動の論理ではない。だがこの情動の論理こそが中身を作るのだ。
 ひるがえって、ではなぜ日本ではそういう様式が形骸化し、弊害をもたらしたか。この点を考える上で参考になるのは、こどもたちのふるまいだ。こどもはしばしば正解のない、ルールのないランダムな遊びの中から自分たちなりの習慣やルールを作り、そのゲームを楽しむ。言うまでもなくそのゲームは遊びの過程で微調整され、進化していく。進化が止まり飽和したとき、その遊びは魅力を失い捨てられる。チンパンジーでも似た遊び方が観察されている。
 こういう自己運動が、本当は大切なのではないか。中身を作るのは形式そのものではなく、その形成過程なのだ。形成のダイナミズムが作動している限り、形式は中身と有効に相互促進する。そのような目に見えにくい潜在的ダイナミズムを、教育や行政の装置の中に実装することはできるのか。本当はそこを問うべきだと思う。
 情動の論理、という点については、近著で相当しつこく掘り下げたつもりだった。が、それでも足らず、射程はさらに広がっていくように思える。
(しもじょう・しんすけ カリフォルニア工科大学教授)

『サブリミナル・インパクト ―情動と潜在認知の現代』 
下條信輔
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