しごと女子の将来は、明るいか?/海老原嗣生×上野千鶴子【対談】

ちくまプリマー新書『女子のキャリア〈男社会〉のしくみ、教えます』刊行記念

海老原嗣生 1964年生まれ。リクルートエージェントを経て現在、㈱ニッチモ代表取締役。人事・経営誌「HRmics」の編集長。
上野千鶴子 1948年生まれ。東京大学名誉教授。立命館大学特別招聘教授。NPO法人WAN理事長。ジェンダー研究のパイオニア。
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海老原 私はずっと雇用問題をやってきた人間です。取材や取引で多くの企業を見てきたのですが、一番の問題はジェンダーでしかないと思っているのです。非正規問題も、基本はジェンダーの問題だと思います。
上野 全くその通りです。
海老原 たとえば、大卒男子はロスジェネ世代でも、卒業当時は正社員率が八二%くらいだったのが、今は九二%まで上がっています。加齢と共に、どんどん正社員化しているんです。対して女性は、入口でも七八%と五%低いのが、三〇代になれば六〇%程度。どんどん非正規になる。
上野 格差は初めからジェンダー問題だった。雇用崩壊はもともと女の問題だった。それが男にまで波及して「若者格差」になってから、初めて政治とメディアが問題としてとりあげたというのが、私の認識です。
海老原 私の友人の新聞記者の女性たちも、「女性かわいそう論」を書くと、デスクにはねられるというんです。「若者かわいそう論」にすり替えることで、ジェンダー問題を正面から考えさせない大きな「しかけ」になっている、と。
上野 よくぞ言ってくださいました。


一九九五年が分水嶺

海老原 今でこそ女性の社会参加が進んだ欧米諸国でも、一九五〇年代は完全な男尊女卑社会でした。それが変われた理由は、景気悪化で共働きが増えたこと、人手不足で女性労働力が必要になったこと、少子化で子供を産んでも働けるようにする必要が出たこと。この三つだと思うんです。日本は、九〇年代までこの三つと無関係でした。
上野 もっと遡ったら、六〇年代の高度成長期に、構造的に女性を労働市場から排除することで男性の雇用率ほぼ一〇〇%を達成したという事情もあります。
海老原 縁辺労働者化ですよね。しかし今、とても旦那だけでは家計が成り立たないから女性も働かせて、というので、そこから崩れていったと思うんです。
上野 私は、九五年の日経連の「新時代の日本的経営」が大きな分水嶺だと思っています。
海老原 う~ん……。僕はそういうテーゼで社会が動くとは思わないのです。日本型雇用自体、一九四一年型テーゼだという偉い学者さんがいますが、実際は七〇年まで三〇年以上かかって完成されたわけですし。
上野 それが、ジェンダーを鍵にして再編成されたのが九五年。あの頃から女性の非正規労働者が怒濤のごとく増えました。

女性=非正規労働者

海老原 いや、九五年提言は、そもそも労働構造を欧州型職業区分にしろ、ということだと思います。女性の非正規は八〇年くらいからずっと増えていますよ。
上野 増えてはいますが、実際には九〇年代の前半までは、大半が中高年の既婚女性でした。しかし二〇〇〇年代になるまでの一〇年間で新卒の若者、とくに若い女性が、最初から非正規職に就くという状況が生まれました。
海老原 それは、昔は正社員といっても一般職だったのであって、状況は変わっていないと思います。
上野 正規と非正規では、雇用保障の有無は圧倒的な違いです。雇用保障があれば、育休だって適用されますよ。
海老原 ちょっと待ってください。八〇年代だと、「結婚したら退職」とか、「三〇歳超えたら辞めてもらう」などと内規で成文化した企業が多く、訴訟でも大手企業は連敗しています。
上野 敗訴したなら雇用保障はあったことになるでしょ?
海老原 あ、いや、法律上はあったけれど、現実的にはなかったと。
上野 非正規では訴訟に訴えることすらできませんよ。

派遣は〈男社会〉への依存?

海老原 ただ上野さん、私はなぜそこにこだわるかわからないんです。派遣とか一般事務職の人は、いわゆる男社会と共存している人たちのような気がしてしまうんです。むしろ、本気でジェンダーフリーで生きていきたい人たちが働けないほうが、大問題ではないでしょうか。総合職女性でも、出産退職率はいまだにすごく高い。共働きで家事を負担する上に育児もやれと言われ、嫌になって辞める人が多いんだと思います。それこそジェンダーの問題でしょう。
上野 実質上、ワークライフバランスなんて成り立たない現実がありますから、それはその通りだと思います。ただ、共存とおっしゃいますが、選ばされているということもあるので、本当に本人たちの選択かどうかわからない。新卒の女子たちには、就活したけれども登録派遣しかなかったという人もたくさんいますから。
海老原 でも例えば派遣労働者というのは、最盛期でも全体で一四〇万人。そのうち、製造業派遣が四〇万~五〇万人くらいいますし、販売職の人もいますから、一般事務的な人は全年齢を通して七〇万~八〇万人。新卒でそこに行くしかなかったという人はそれほど多くない、と私は思うんです。

働く女性の三〇年

上野 そろそろ本題に入りましょう。まず今のようなジェンダー差別を組み込んだ雇用システムを成り立たせている背景に、「三〇年前の人々の意識と仕組みが取り残されたままなのが問題」だとこの本には書いてありますよね。
海老原 まず最初に申し上げた通り、八〇年代までは景気が良いから共働きの必要がなく、少子化も顕在化していなかったこと。専業主婦が多いから、それなら短大卒で充分と、四大進学率も低かった。そこで、そもそも大手企業に総合職採用される母集団としての女性自体が少なかったと思っています。九〇年代になるとその両方が崩れる。そこでようやく九〇年代後半あたりから、大企業でも女性を採用し始めた。だから欧米が六〇~七〇年代に変わりだしたのと比べて、二〇年以上遅れたのだと思います。

三割の壁

上野 本の中で、変化の一つの指標が「女性総合職採用比率が三割を超すこと」とありますが、この数字にとても興味があります。私はマスコミの女性採用比率をじっと見ていたのですが、九〇年代に大手新聞社が急速に女性社員の採用比率を増やし、順調に伸びていったのが、二割を超して横ばいになった。ロザベス・カンターという女性の経営学者によると、三割というのは組織体制を変える数だと言うんです。
海老原 私もそのような気がします。
上野 企業の関係者に「おたくには、女子枠ありません?」と聞くと、「はっきりしたことはわかりませんがあるんじゃないですかね」という答えが返ってきます。ですからおそらく三割以上には増やさないという暗黙の抑制があるのではないかと思います。
海老原 グラスシーリングはありますね。一部上場企業の新卒総合職に占める女性比率は二四%。アパレルのようにたくさん女性を採用する会社を除けば、実際は、実質二割を切っていますよ。一七~一八%じゃないでしょうか。
上野 増えても三割が壁になるという感触があるのですが。
海老原 その理由は簡単です。三割近くになると、女性を内勤に寄せられなくなるからでしょう。実際には、男女別のキャリアパスを築き、4R(HR〈人事〉、PR〈広報〉、IR〈財務〉、CR〈お客様相談〉)と呼ばれる女性が多い職場に偏らせている企業が多い。三割を超えたらそれができなくなり、男性主体の職場にも配属せざるを得なくなる。そこが分水嶺になると思うのです。
上野 そこが変わると、組織体質が変わる。女性のプレゼンスが増し、これまでのホモソーシャルな情報の回路が成り立たなくなるんでしょう。
海老原 揺れが起きます。
上野 三割の壁を超すかどうかが一つの分岐点になる。それには同感です。

エリート女子と、ノンエリート男子

上野 本の中で「あと二〇年もすれば欧米並みの労働社会になる」と書いておられますね。欧米型のなかでもアメリカ型では、学歴やジェンダーのほかに、人種(エスニシティ)というファクターがあるから、女性キャリアにとっての両立問題が相当解決されている。ナニーやベビーシッターなどケアの外注先があることが前提で、育児・介護は全部個人の自助努力ですから。北欧型はそれとはまた違います。あなたがおっしゃる欧米並みとは、どのモデルを指すのでしょう。
海老原 それは一部のエリート女性の話だと思うのです。それ以前に、欧米は、普通の女性もしっかりキャリアを保てています。その理由は、社会の大部分がノンエリートという構造にあると思います。日本型の総合職は建前は「幹部候補」で全員管理職にまで育てることになる。だから残業は多く、そして長期勤続で、キャリアステップを積んでいかないと、長く残れません。対して、欧州でもアメリカでも、幹部候補は採用数の一割程度の少数派。残りは実務職で幹部への出世は難しく、一生ヒラも多い。こういう構造だと、出世がない分給与も上がらないけど、出入り自由だし、高齢でも働ける。この構造の違いがあると思っています。
上野 二〇〇〇年代の日本にエリート・ノンエリートの区分がないかどうかは議論の余地があると思いますが。移民労働者のいない日本の労働市場でちょうど人種の役割を果たしたのがジェンダーでした。女は労働市場のボトムに位置しましたから。専業主婦と社畜のカップルというのは、本当は貧乏人と高給取りの、身分違いの結婚。それが、ジェンダーによってずっと隠されてきただけ。離婚すればすぐに現実が目の前にきます。女に金も職もないのは当たり前とされてきました。あなたが最初におっしゃった、労働の問題はジェンダーだというのは全くその通りです。
海老原 そこは似た解釈をしています。総合職=幹部候補という名で、六~七割を薄いエリートにした方が、安い金で長時間労働してくれるし、会社にとって都合がいい。ただ、それでは帳尻が合わないところがあるから、残りの二~三割を縁辺労働者化して、雇用や給与原資やポスト創出の調整弁としてきた、ということでしょう。
上野 二~三割では済まなくなっていますよね。女性労働者の五五%が非正規ですから。
海老原 そこなんです。全体で見て考えましょうか。今、雇用者というのは五四〇〇万です。それに対して非正規が一七〇〇万、約三分の一です。つまり、その三分の一の非正規においては、圧倒的多数を女性が占めている。男性も近年増えている、と言いますが、それでも、定年再雇用者や学生を除くとまだまだ少ない。ここが問題です。
上野 そんな中で、女性を積極的に登用していくことのメリットは何ですか?
海老原 学歴も高くて、仕事ができる女性がどんどん増えているからです。企業が本当に経済合理的な存在なら、彼女らを活用する方が正しいでしょう。ただ、古くから残る「男型社会」はなかなか壊れない。その相克だと思っているんです。

学歴>ジェンダー?

上野 今のお話を聞いていると、現在はジェンダーより学歴などのほうが採用上、有利だということでしょうか?
海老原 たしかに女性のほうが採用シェアは低くなります。一部上場企業の総合職は、今の大学生比率だと女四五対男五五にならなければいけないはずなのに、前述のように二四%しか入っていない。ただ逆に言うと、二四%は入っているのです。仕組みとしてはジェンダー・男社会のほうが厳しくてひどいのですが、ただ、女性を採らざるを得ない事情もあるのです。採用の入口では、「東大何人、早稲田何人、慶應何人、国立大学何人」――これは人事が避けて通れないものです。それを男性だけで揃えることはもはやできない、という、外堀を埋められた状態なのでしょう。
上野 にわかには信じられません。おっしゃる通りだったとしても、女性の選別は男性よりもずっと厳しいですよね。
海老原 はい。繰り返しになりますが、学生数で男女はほぼ半々なのに、採用数だと三対一となっている。おっしゃる通り厳しい。でもその結果、そういう難関を乗り越えた精鋭が入社して、彼女らが頑張っています。だから、「辞めてもらったら困る」という揺れが起きてきて、今の変化につながってきていると思います。

問題は、子どもを産んでから

海老原 人事の現場は、スローステップながら、「使える女」を重用しだしている。企業は男性支配の構造にありますが、その実、社員を「生産財」ではなく「人」としても見ています。その裏側には、「人」として見て、内発的動機をくすぐった方が、労働対価も安上がりだし、パフォーマンスも上がるし、長時間労働にも耐える、というような「即物的な合理性」が機能しているからだという事情があります。
上野 「使える女」は使え、というのは、ネオリベ的な発想ではないでしょうか。「使えない女」「使いにくい女」は「女向け二流ゲットー」の指定席に甘んじろ、と? 「使いにくい女」のなかにワーキングマザーがいて、この人たちは働きたくても「思うように働けない女」です。私は「子どもを産んでから」が一番の問題だと思います。

なぜ三〇年間変わらなかったのか?

上野 仮にこの先一〇年、女性が離職しないで管理職年齢に達するとして、そのときにその企業がどういう組織構造を持っているかが問題です。私は、三〇年間既存の組織が残ってきたというのは、バブルが崩壊した後も、政財官労の合意で、既得権益集団が、成功体験にもとづいた組織を現状維持しようとした間違った選択が尾を引いたと思っています。ですから、人災だと思っているんです。海老原さんは、なぜ三〇年間も延命したと考えますか?
海老原 いや僕は、そうしたテーゼよりも、八〇年代まで景気が良く、少子化がまだ序の口で女子の四大進学率が低かった、といった基礎条件がその理由だと思うのです。そして、これら三つが九〇年代にビンゴに揃っても、出来上がった「男社会」はなかなか壊れない。時間がかかるのでしょう。
上野 今だって、女性の寿退社も多く、出産退社はもっとずっと多い。いくら女性の採用が増えたとしても、途中で消えていく構造は変わっていないでしょう。ですから、海老原さんのようにそこまで前向きに変化を肯定はできないですね。
海老原 そこは同感です。ようやく多少は採るようになり、勤続年数も伸びた。それが育児・家事で力尽きていく。ただ、それでも勤続年数や役職比率は徐々に伸びている。実際、九〇年代に大企業に入った女性は今、係長適齢期にさしかかっています。その結果、大企業の女性係長比率は、この二五年で二・八%から一二・三%へと伸びました。ゆっくり企業は変わっている、と。

あと一〇年で変わる?

上野 私たちの時代から考えれば四大卒女子が採用されること自体が巨大な変化ですから、確かに変わった部分もありますね。でも、同じ現象を見ながら、海老原さんが「良いほうに変わった」と明るく言えるのに対して、私は女にとって不利な変化のほうが目につくから、この問題は女性の研究者にとっては怒りなしではとても語れないですね。総合職も続けられない、一般職は崩壊した、それなら「女向き指定席に適応して生きる」という戦略すら使えなくなった女性は、どうすればよいのでしょうか。
海老原 まだ結婚していない人であれば、きちんと仕事と家庭を両立して、自分も家事労働をしてくれる男を見つけなさい、と。
上野 会社が採用してくれない、雇用保障がない、男の正社員もサバイバルがかかっている、となればそのアドバイスも狭き門ですね。「企業と男を選びなさい」と言うしかないのでしょうか。
海老原 そこは私も言葉が出ません。にもかかわらず、ちょっと理解あるイクメンがいると、「草食男子」などと揶揄する風潮。
上野 グローバリゼーションの時代に日本企業に三〇年も変化がなかったというのは驚きです。でも、今日は海老原さんの体感変化を信じましょう。企業は少しずつ変化もしているし、何がトクかわかってきている。そうすると、九〇年代に社会に出た女性たちが勤続一〇年を迎えて、あと一〇年持ちこたえるかどうかですね。そこを越えたら、かなり大きな変化が見込めると。
海老原 楽観的ですが(笑)そう思います。
上野 その一〇年に妊娠と出産と育児期間が重なります。これでは産めないと少子化はますます進むのでしょうか。一〇年後の変化をこの目でたしかめたいですね。

『女子のキャリア ─〈男社会〉のしくみ、教えます』 詳細
海老原嗣生著

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