やっぱり「紅白」は面白い/太田省一
今年もその時期が近づいてきた。毎年秋も深まると、「紅白歌合戦」のことが盛んに報じられるようになる。今年の司会者は、綾瀬はるかと嵐に決まった。出場歌手のほうは、この原稿を書いている時点ではまだ発表されていないが、予想記事が紙面をにぎわせている。劇中歌もヒットして大いに話題を呼んだ連続テレビ小説『あまちゃん』の出演者も企画コーナーで登場するのではないかと報じられており、どのようなものとなるのか、本番当日まで世間の注目は集まり続けるに違いない。
一方、「紅白」に対しては、マンネリだとか新鮮味がないとか、批判的な論調も絶えない。視聴率も、七〇%や八〇%をとるのが当たり前だった一九六〇年代や七〇年代に比べれば、近年は四〇%台をずっと推移し続けている。
しかし、そうした空気に流されて「紅白」を見ないとすれば、あまりにもったいないと思う。やっぱり「紅白」は面白い。
例えば、「紅白」の名物となっていた小林幸子と美川憲一の衣装対決。二人の衣装はなぜあそこまで巨大化し、常識を超えたものとなったのか? 一見、派手さを競い合っていただけのようだが、「紅白」の歴史に照らしてみると、そこにはある種の必然性がある。詳しくは拙著をお読みいただきたいが、そうした背景を知った上で「紅白」を見てみれば、また違った興味がわいてくるのではないだろうか。
戦後すぐに放送が始まり、今年で六四回目を数える「紅白」では、記憶に残る数々の「名場面」が生まれてきた。東京オリンピック開催前年の一九六三年には恒例の『蛍の光』でなく『東京五輪音頭』がエンディングに歌われ、八四年には都はるみの引退を受けて司会の鈴木健二が「私に一分間、時間をください」という名言を口にし、二〇〇二年には中島みゆきが黒部ダムからの中継で『地上の星』を熱唱している。記憶に新しいところでは、昨年(二〇一二年)、男装姿の美輪明宏が『ヨイトマケの唄』を歌い、話題をさらっている。
それぞれ、「紅白」の歴史を代表する名場面である。こうしたシーンを、「紅白」の歴史の中に置き直してみると、あることに気づく。故郷であれ、家庭であれ、祖国であれ、そこには何らかの形で心安らげる場、すなわち〈安住の地〉を希求する戦後日本人の心情が見て取れるのである。それに呼応して「紅白」は、ある時には望郷の念を歌った曲を提供し、またある時には、ホームドラマさながらの出演者同士のやり取りを演出してきた。一方で、「紅白」の舞台で歌われた歌を通して私たちは、種々の事情で〈安住の地〉を失った人々の思いも感じ取ってきた。そう、「紅白」の歴史には、〈安住の地〉をめぐる戦後日本人の心の軌跡が刻み込まれているのである。拙著『紅白歌合戦と日本人』では、先の衣装対決など、数多くの興味深いエピソードを交えながら、戦後日本人が「紅白」に何を求め、「紅白」がそれにどう応えてきたのかを描き出そうとした。
その出発点には一九四五年の敗戦体験がある。当時の日本人にとってそれは、故郷喪失体験に他ならなかった。そして二〇一一年の東日本大震災もまた、同じような喪失感を私たちにもたらした。
東日本大震災に見舞われてここ二年ほど、「紅白」では故郷や日本といった〈安住の地〉の再建が大テーマとなっている。しかしそれは、番組が始まった一九五一年以来、変わることなく「紅白」の根底にあり続けたテーマであった。東日本大震災は、改めてそのことを鋭く意識させる出来事だった。「紅白」は、いわば原点に戻ったのである。その意味で、このタイミングで「紅白」の歴史を振り返っておくことは、無駄なことではないだろう。戦後史という、もう一段深い意味においても、「やっぱり紅白は面白い」のである。それが読者の方に伝わればと願っている。
(おおた・しょういち 社会学者)
太田省一著『紅白歌合戦と日本人』詳細
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