科学者と、今こそ対話を。/田口ランディ

《読者は、重金属についてほとんど知らない》

 それを前提に、環境科学の専門家が私の目の高さで腰をかがめ、ていねいに、わかりやすい言葉で語ってくれている。
 その、対話しようという著者の姿勢が、なによりうれしかった。
 人と人がコミュニケーションをするためには「相手が理解できる言葉を差し出す」という、相手を思う気持ちが大切なのである。そんなことは誰でもわかっているはずなのに、現実にはまったく無視されている。
「わからないほうが悪い」とのたまう専門家のいかに多いことか。
 専門家(研究者)と呼ばれる人たちが、対話を忘れてしまっていることが昨今の様々な環境問題の遠因になっていることは、水俣病、原子力、終末医療……それらの現場に関わってきて、痛感している。そんなことは自分たちの仕事ではないと言いきる人もいた。
 科学は、その名の通り「ものごとを分けていく」学問である。
 科学が世界を凌駕していった二十世紀には、科学の名のもとに次々に専門分野が確立し、専門家はひたすら自分の専門とする研究に没頭していった。その結果として、私たち(とりわけ先進国の人間)は効率化や長寿という多大な恩恵を手に入れるに至ったが、すべてがあまりに細かく専門化されてしまったため、生活者から見れば同じジャンルに思われる専門家同士でさえ、対話が不能という事態に陥ってしまった。
 自分の専門から降りることができるのが、本当の専門家であり、専門家は市民に対して説明義務がある。そのために言葉を選び、対話をするというスキルを磨いてほしい。そう願ってきた。しかし、対話センスを有する専門家はごく僅かであり、この現実こそ国の未来に関わる大問題なのである。
『いのちと重金属』は、まず宇宙創世の歴史まで遡る。重金属とはいかなる物質で、地球の生命とどのように共存してきたかから始まり、物質を構成する原子の構造というミクロの視点まで網羅していく。生命と物質の神秘をなぞりながら、生命誌としての重金属に迫る。
 この地球に存在する物質で不要なものは一つもない。生命は環境のなかで試行錯誤を繰り返し、毒をも有効活用しエネルギーとするような、大胆で革命的な転位を繰り返してきた。だが、産業革命以降、科学は哲学や生命倫理の歯止めのきかない暴走を始めた。その要因の一つが、科学に携わる人たちの「バランス感覚の欠如」であることは間違いない。
 重金属を位相の異なるレイヤーで捉え、問題の本質を多角的にあぶり出そうとする著者の努力に敬意を表すると共に、このような対話力のある専門家の登場に拍手を送りたい。生活者は「わかる言葉で話してくれる」専門家を待っているのだ。そして、否定されずに対話したい。多角的に教えてほしい。そうすれば自分の頭で思考できる。
 この本は、一般の読者の方に読んでいただくと同時に、専門家の方たちにも、ぜひ読んでほしい。こんなふうに書いてもらえれば、私たちもわかるのです。
(たぐち・らんでぃ 作家)

『いのちと重金属』詳細
渡邉泉著

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