万葉樵話――万葉こぼれ話

第五回 和歌の表現の本質(二)

前のページへ1/2/3次のページへ

動詞に接続する枕詞、音を媒介とする枕詞

 枕詞は名詞を導くのが通例だが、動詞に接続するものもある。一例だけ示しておく。

たまくしおほふをやすみ明けてなば君が名はあれど我が名ししも
(巻二・九三)
〈口語訳〉
美しいくしばこふたが覆うようにまだ関係が外に露見していないのをよいことに、すっかり夜が明けてから帰るなら、あなたの名はともかく私の浮き名の立つのが口惜しいことだ。

 題詞には、藤原ふじわらのかまたりかがみの王女おおきみのもとに妻問いした際に、鏡王女が鎌足に贈った歌とある。まだ暗いうちに男は人目を避けて女のもとを辞去するのが当時の約束とされていたことが、この歌の前提にある。歌の後半部は、鏡王女が自分の都合だけを主張しているように見えるが、これが女歌(男の歌に対して、はんぱつ・切り返しなどの表現で応ずるのを特徴とする女固有の歌)の詠みぶりであり、これをそのまま女の真情とみてはならない。「玉櫛笥」は櫛箱で、「玉」は美称。当時は、立派な蓋つきの箱に櫛を収めた。櫛には女の魂が宿るから大切にされた。その櫛箱の蓋を覆うところから、動詞「覆ふ」に接続する枕詞となった。これなどは意味がわかりやすい。おもしろいのは、「玉櫛笥」は、「明けて去なば」にも接続しているように見えることで、その場合は蓋を開ける意を響かせていることになる。この例のように、動詞を導く枕詞には接続の理由を説明しやすいものが多い。

 音を媒介に像を導き出す枕詞もある。『出雲いずものくに郡条の「国引きの詞章」は、原初の出雲国を大きくするため、巨人神が周囲の国々から土地を切り取り、それを綱で引き寄せて縫い付けたとする語り言の記録だが、そこに土地を引き寄せる際の特徴的な詞章「しも黒葛つづら るやるやに(綱を手繰り寄せ手繰り寄せして)」が繰り返し現れる。「霜黒葛」は、霜に遭ったカヅラ(葛)の実で、その色が黒いので、動詞「繰る」の枕詞とした。「霜黒葛」のさを音で捉え直し、そこから同音の「繰る」を導き出している。このように音を媒介とする枕詞も見られるが、この場合も接続の理由はわかりやすい。

前のページへ1/2/3次のページへ
ちくまの教科書トップページへ テスト問題作成システム テスト問題作成システム:デモ版 筑摩書房ホームページへ 筑摩書房のWebマガジンへ お問い合わせ