万葉樵話――万葉こぼれ話

第八回 『万葉集』の和歌にはなぜ敬語があるのか(一)

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敬語の有無の謎

 今回と次回の二回に分けて、『万葉集』の大きな謎に迫ってみたい。標題にも掲げたように、「『万葉集』の和歌にはなぜ敬語があるのか」という謎である。これが、なぜ謎なのか。平安時代以降の和歌には、敬語がないのが基本だからである。それゆえ、この謎は、「平安時代以降の和歌にはなぜ敬語がないのか」という問いに置き換えることもできる。どちらにしても裏表の関係になる。

 この疑問は、和歌の研究者なら誰もが抱いてよいはずだが、実のところそれへの明確な解答を目にしたことがない。和歌文学研究の泰斗である渡部泰明氏もその事実に気づいていて、「日本語の粋とも呼ばれる和歌に、敬語が稀にしか用いられない。考えてみれば大変不思議なことだ。『万葉集』の、とくに長歌の中に数多くある。ところが、平安時代以降は、(多田注:神仏への祈願などの)きわめて限られた場面にしか用いられない。」と指摘した上で、そこに和歌の「特別な役割」があったとする(渡部泰明『和歌とは何か』岩波新書)。渡部氏は、その「特別な役割」を、氏の関心に引き寄せ、和歌の演技性と結びつけて論じているのだが、それ以上の詳しい説明は加えられていない。

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