もっとやせる旅

都築響一

 世の中は「持てるもの」と「持たざるもの」に長く二分されてきた。金持ちか貧乏かが、人間の価値をきっちり二色に染め分けてきたのである。
 しかしとりあえず先進国と呼ばれる世界では、国民のほとんどが「金持ちでも貧乏でもない中流」になった現在。大金持ちになったと思ったら、いきなり全財産を失ったり、アイデアひとつでまた大金持ちになったりできる可能性がいくらでもあって、金持ちと貧乏人が「生まれながらに決められたもの」ではぜんぜんなくなった現在。そういういまに生きるわれわれを二色に染め分けるものは、“くびれ”を「持てるもの」と「持たざるもの」じゃないかという気がする。
 考えてみればカネを持つことが悪でなく美徳とされてきた時代、腹に貯め込まれた脂肪は、そのまま富の象徴だった。社会的地位と肥満度が比例から反比例の関係に転じたのは、実はそんなに昔のことじゃない。「恰幅がいい」なんて誉め言葉が死語になったのは、いったいいつごろだろう。
 減量世界において、男性は圧倒的な情報弱者だ。女性誌を見れば毎号かならずダイエット記事が載ってるし、後ろ半分はだいたい減量の広告だし、それも飲んで痩せるレベルから、脂肪吸引みたいな最後の手段まで、チョイスも実に豊富。それにくらべて男の雑誌はいまだに「寝る前に腹筋百回」みたいな、体育会系の情報がちょっぴりあるだけ。なのにファッション・ページに出てくるモデルたちは腹筋が洗濯板みたいなイケメンばかり。そもそもデブは想定読者層から外されてるんじゃないかと、恨みたくなる。男だって痩せたい! それも合理的に! 無理なく! できれば楽に! そういう切実な願いから、この『やせる旅』が生まれたのです。
 まわりの女の人たちがみんな、どこそこのエステがいいとか、岩盤浴は汗がすごく出てなんて話を仕事以上に真剣なまなざしで語り合ってるのを見て、僕は前々からちょっと羨ましかった。でも男が入れる話題じゃない気がして、遠くから眺めてるしかなかった。それが全日空の機内誌という媒体で「旅行しながら痩せよう」という連載を持てることになって、いままで敬して遠ざけてきた減量世界に“お仕事”としてズカズカ踏み入れることができるようになったのは、ほんとに幸運だった。
 航空会社のバックアップを得て、日本や外国のいろんな痩身スポットに毎月行けたのも幸運だったし、「会社のお金で痩せられて、原稿料もらえた」のも、それが単行本になって印税までもらえちゃったのも幸運でした(笑)。でもいちばんしみじみしたのは、これまで現代美術やデザインの本をたくさん出してきて、たとえば飲み屋のカウンターでそういう話をしていても、まるで無視されてきたのに、〈やせる旅〉の話になったとたん、食いつきのいいこと!「やっぱり断食道場っていいの?」とママさんが乗り出してきたり、隣に座った知らない人から「ホットヨガってどうですかねえ」なんて、自己紹介もすまないうちに話しかけられたり。あー、いままで自分がいかにマイナーな領域で仕事してきたのかと実感させられたのが、なにより得がたい経験でした、ほんとに。
 本書で紹介した十いくつかのスポットは即効性のものから、痩せるというより気持ちよく汗をかける程度のところまでいろいろだけど、一年間の連載で20キロ減量できた自分の体験から言って、痩せようという強固な意思を持って、紹介した場所のいくつかを訪れてもらえば、ぜったい痩せられます!
 でもね、金持ちがいちばん偉かった時代、「持てる人」たちがみんなわかっていたのは、「ほんとに難しいのは金持ちになることじゃなくて、金持ちでいつづけること」だったはず。“くびれ成金”とでも言うべき、にわかダイエッターとしてつくづく思うのは、「ほんとに難しいのは、痩せることじゃなくて、元に戻らないこと」。リバウンドの恐怖というのは「完治という言葉はありません、一日一日、毎日が戦いなんです」というアルコールや薬物依存症患者の告白と同じくらい、経験者すべてが身にしみて理解しているはず。
 なので連載は一年間で終わってしまったけれど、〈もっとやせる旅〉みたいな新連載の仕事がどっかから来ないかなーと待ち望みつつ、美食と深酒の誘惑に引き戻されまいと痩せ我慢(まさに!)してる、きょうこのごろなわけです。

(つづき・きょういち 編集者)

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やせる旅

都築響一 著

定価1,890円(税込)