クリエイター事始

山本貴光+吉川浩満

「クリエイター」という言葉から、どんな仕事を思い浮かべるだろうか。よくわからないので「創作者」と日本語に直してみても、おぼつかないことに変わりはない。なにしろ「クリエイト」という言葉の意味が広すぎる。創作するといってもなにをこしらえるのか。場合によっては芸術家のような特別な職業だと受けとられるケースもあるようだ。
 しかし他方で世間をみわたすと、ゲームやアニメ、映画、音楽、ウェブサイトの制作といった領域では、クリエイターと呼ばれる人びとがすでに大量に存在している。就職情報誌の職種分類にも、堂々と「クリエイター系」という項目が立っていたりする。もはやクリエイターは確固とした「普通の職業」になっているのだ。
「クリエイター」という職業をめぐるこのような分裂した状況を反映してか、クリエイターでない人がいざクリエイターになりたいと思い立ったとしても、それを後押ししてくれる情報はほとんど存在しない。
 書店の本棚を眺めてみるとそれがよくわかる。クリエイターにかかわりそうな棚に並ぶ書籍のほとんどは、クリエイター業界を外側から概観するものやクリエイターが使用するソフトウェアのテクニカルな解説書が大半を占めている。つまり世の中には、クリエイターでない人が読む書籍か、すでにクリエイターである人が読む書籍しかないようなのだ。
 たとえば、ある日ある時ある人が、「ゲームをつくる仕事をしたい」とか「アニメの制作に立ち会いたい」と思い立ったとしても、これではどこから手をつけたらよいのか途方に暮れるばかりだろう。とくに子どもたちや若い人びとにとってはなおさらのことだ。ここに欠けているのは、クリエイターでない人が、これからクリエイターになるための第一歩をサポートしてくれる、そんな書籍ではないか。
 で、なにが言いたいのか。本書こそまさに、この「クリエイターでない/になる」のミッシング・リンクをつなぐ役割を果たす最良の道案内だということである。
 著者はデジタルハリウッド校長の杉山知之氏。マサチューセッツ工科大学メディア・ラボなどを経て、現在は日本のデジタル産業の発展と人材育成に力を注ぐ氏は、まさに最適の道案内役といってよいだろう。
 杉山氏は「クリエイター・スピリットとは何か?」という問いから本書を書き起こす。クリエイターになるための訓練は、新しい歯ブラシの選択といった日常的な行為からすでにはじまっているのだ、そう氏は喝破する。その議論は鮮烈で、これからクリエイターを目指す人びとをエンカレッジするのに十分なインパクトをもっている。
 クリエイターたちがつくったさまざまな作品に触れたり、それらについて語り合ったりすることは誰にでもできる。また、クリエイターたちが使いこなすさまざまなコンピュータ・アプリケーションの技術にしても、参考書を片手に勉強すれば努力次第でどうにでもなる。しかし、いざ受ける側から作る側へとジャンプしようとするとき、本当に必要なことはなにか。この本はそれを教えてくれる。
 とはいえ、本書はなにもクリエイターの心得集といったものではない。日本のクリエイター業界の現状を鑑みながら、日々の具体的なトレーニング方法や、学校の先生をいかに使いたおすかなど、クリエイターを目指す人のための現実的な指針が豊富に提供されている。読者はすぐにでも自分の手を動かして、なにかをつくってみたい気持ちをそそられるにちがいない。
 と、ここまで読み進めてきて「クリエイターとは縁のない自分には関係ないや」と思った人もいるかもしれない。本書のタイトルからして、ある程度はしかたのないことだろう。しかし、本書のもうひとつの読みどころは、世界的に評価されているマンガやアニメーションをはじめとした日本のコンテンツ産業を軸に、氏が独自の文化論/産業論を展開している点だ。
 実際にクリエイターを目指す人びとだけでなく、アニメやゲームなど、日本のコンテンツ産業に興味がある人にも広く読んでほしい一冊である。

(やまもと・たかみつ+よしかわ・ひろみつ 著述家・クリエイター)

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クリエイター・スピリットとは何か?

杉山 知之 著

定価2,310円(税込)