最高の西洋館

鈴木博之

 日本の西洋館や産業遺産、それに和風の御殿などを含めて、いちばん数多く見ている人はおそらく増田彰久さんではないかと思う。専門の研究者たちは自分の専門分野や地元の地域を見て歩いているけれど、オールラウンドに総計をとれば、増田さんがもっとも数多くの建築や土木施設を見ているに違いない。第一、それぞれの研究者も、素晴らしい建築を発見すると、まず増田さんに写真撮影を頼めないだろうかと考えるからである。増田さんはそうした要請に丁寧に応えてきた。だから彼の写真コレクションは膨らむ一方なのである。
 そうした増田さんの『西洋館を楽しむ』は、膨大な蓄積のなかから選び出された建築の楽しさに充ちている。まず序章で、西洋館とは何かという問いを発したうえで、できるだけ幅広く西洋館を見いだして、楽しむ準備をしてくれる。つづく第一章で、西洋館を用途別に紹介する。これは灯台、税関、学校、役所などといった、種類別に建物を訪ねる旅である。無論そこには邸宅や教会、ホテルなどといった人気のある種類の建物も含まれる。けれどもこの分類が灯台、税関からはじまっているのには訳がある。それらは日本が開国して、近代化を図るためにはまず国家として必要な施設だったからである。
 わたしたちが西洋館を訪ねるときの楽しみは、その美しさや見事な職人仕事に惹かれるからであるけれど、こうした分類を通じて、なぜそれぞれの建物が造られたのかという歴史的必然、あるいは近代化の軌跡がおのずと見えてくる。分類の最後には刑務所も入っていて、建築的になかなか楽しめる。
 つづいての第二章は、「西洋館の細部を楽しむ」。列柱、ステンドグラス、さまざまな装飾などが紹介されてゆく。西洋館にあって近代建築が失ってしまったものが、細部の魅力であることに改めて気づかされる。近代建築は装飾を無駄なぜいたくだとして切り捨てていったけれど、長く愛される建物には必ず見飽きない細部が存在する。建物に愛着を起こさせるものは細部の力である。細部には施主や職人の本音が現れるから、西洋館でありながら日本的であったり東洋的であったりするモチーフもふんだんに現れる。わたくし自身、建物の印象は細部の豊かさに負う部分が大きいのに気づく。第二章には細部の宝庫が繰り広げられる。
 そこで気づいたことがひとつあった。それはわたくしを含めて素人写真の限界と、プロの写真の違いである。本書には章と章のあいだに短いコラムがあって、建築写真の極意が述べられている。そこに、写真はまず全景を撮れというのがあった。これは当たり前と思われるかもしれないが、意外にむずかしい。細部の魅力に夢中になると、細かいところの写真ばかり撮って、全体像が無いという経験をよく味わう。やはり写真によって建築を伝えようとするなら、一枚でその建築の本質をとらえた写真がまず必要なのだ。これはわたくしの今後の建築写真に、光明をもたらしてくれそうである。
 最終章で、増田さんは「ぼくが選んだ西洋館ベスト10」を紹介する。増田さんにとっての最高の西洋館ということだろう。そこには誰もがうなずく名作、大作もあれば、刑務所もあるし、西洋館と和風御殿が上下に重ねられた邸宅なども含まれている。それらを通じて西洋館を全体の構成として味わう方法が示される。ベスト10が何なのかを知りたい方は本書に直接当たるのが筋であろうから、ここでは述べない。
 その代わり、これを読んで触発された、わたくし自身のベスト10を挙げさせて頂きたい。わたくしなら何を選ぶかと考えるのが、本書を読みながらの楽しみのひとつだったからである。岩崎家熱海別邸(熱海)・乾(いぬい)邸(神戸)・山邑(やまむら)別邸(芦屋)・日銀本店(東京)・三井家倶楽部(東京)・何有(かいう)荘(京都)・石橋邸(久留米)・大浦天主堂(長崎)・築地教会(東京)・阿部美樹志邸(東京)。さて、皆さんはどうですか。

(すずき・ひろゆき 東京大学大学院工学系研究科教授)

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西洋館を楽しむ

増田 彰久 著

定価998円(税込)