レミの愛

阿川佐和子

 最近、平野レミさんがまた一段ときれいになった。もともとが、実年齢(よく知らないが)よりはるかに若く見える人であり、その動きの素早さや反応の無邪気さからしてとてもそんなお歳(知らないけど)と思えぬ初々しい人ではあったけれど、それにもまして近頃ますます、若くて美しい。その理由は、恋しているからではない……と思う。私の推測するかぎり、どうやらさる美容研究家の顔面マッサージを念入りに実行しているせいらしい。そのマッサージ方法を、私はレミさんと同じ日に知った。黒柳徹子さんに教えてもらったのである。
「とってもいいの。ホントに頬のたるみがなくなって、顔が小さくなるのよ」
 そう言って黒柳さんが、その場にいたレミさんと清水ミチコさんと小林聡美さんと私の目の前で、ほっぺたの肉を、おでこまで届くのではないかと思うほどギュイーンと持ち上げるマッサージ方法をご教授くださった。ホントだ、これは効きそうだ、やろうやろう、是非やってみようと大いに盛り上がり、両手を頬に当ててキツネのような顔つきになった全員の記念写真まで撮り、鍛錬を誓い合って別れたのだが、結局、真面目に続けたのは、おそらく最も継続することがないであろうと思われた(私が勝手に思った)レミさんだけだった。驚いた。その後、会うたびにレミさんの顔が細く小さくなっていく。
「まだ続けてるんですか?」と問うと、
「うん、続けてる、続けてる。すごくいい、すごくいいよ」
 興奮気味に答えるレミさんを見て、私は敬服し、同時に再認識したのである。
 レミさんって、努力の人だったんだ。
 どこで誰と会ってもひるんだり萎縮したりすることのないレミさんが、テレビ番組でも、制作者側の段取りや都合や時間をほとんど無視してのびのびふるまうレミさんが、持って生まれたすぐれた感性とセンスの良さと衝動的発想により、地球の自転をも気に留めぬかの勢いで自由に跳びまわるレミさんが、実は周辺を細かく観察し、人知れず努力する人だったということを、私はつい忘れてしまいがちなのだが、そうだった。
 どうしてそのことを見落としてしまうかと言えば、レミさんの考え込む時間があまりにも短いからである。レミさんは長く悩んだり立ち止まったりしない。ちょっと悩んで落ち込んで、またたく間に動き出す。アッと気づくともう行動に出ている。だから努力なんかしない人のように見えてしまうのだ。
 レミさんから聞いた話で私の好きなエピソードが一つある。レミさんは和田誠さんと結婚し、これから先ずっと和田さんがレミさんを誰より何より愛してくれるものと信じていたら、ある日、気がついた。和田さんが仕事場に出かけるとき、毅然としていて、とてもレミさんが割り込めない壁があることに。ああ、この人は仕事が大好きなんだ。もう新婚の頃のようには一日中、大好き大好きって言ってくれないのね。ショックを受け、しかしまもなく気持を切り替えた。そうだ、子供を作って、これからは子供をいちばん大切に思って生きていこう。でも子供たちは成長するにつれ、お母さんより夢中になるものを見つけてしまった。ああ、この子たちも私をいちばんには思ってくれないんだ。しばし考え、それからハタと気がついた。そうだ、ならば私も自分が楽しいと思えるものを見つければいいんだ。
「だからまた仕事を始めたの」
 なんて大らかで前向きで、自分の不幸を人のせいにしない発想であろう。私はレミさんのこういうスピーディな発想の転換を心から尊敬している。本当です。
「だって家族みんなが自分の楽しいことを持っていれば、家族がお互いに大切って思い合えるでしょ」
 レミさんはいつも、「私はシェフじゃなくてシュフ。料理研究家じゃなく料理愛好家!」と言う。レミさんの料理はなんたって、愛してやまない和田さんと息子さんたちのためにある。どうやったら「おいしい!」と言ってもらえるか。「お腹が空いたよお」と待ちわびる家族をどうしたら待たせずに作れるか。レミさんはそのために日々、精進するのである。だから我々、レミ料理本の愛読者は、和田家の愛情のおこぼれを分けていただいていると思ったほうがよい。レミさんのレシピに書かれているのは作り方と味だけではない。楽しく家族を愛する方法なのだから。

(あがわ・さわこ 文筆家)

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笑ってお料理

平野 レミ 著

定価756円(税込)