場所—トポス—への愛着

加藤政洋

 時おり、故郷とは何かということについて考えることがある。標高千メートル、信州は八ヶ岳の麓に生まれ育ったわたしにとって、養蚕の名残をとどめる一面の桑畑が原風景であった。早いもので、この春には、故郷に暮らした時間と同じ歳月を別の地で迎えることになる。
 年に一度くらいは帰省するものの、ご多聞にもれず、今や桑の木一本を探すことさえ一苦労であるし、かつて部屋から一望された山並みも、もはや望むことはできない。この間の変わりようには、ただただ驚かされるばかりであった。
 程度の差こそあれ、変わりゆくのはいずこも同じ。それを場所の個性が失われてゆく過程とみるのか、それとも新しい性格を獲得していく途上であると見るかは、人それぞれであろうか。いずれにしても「こう考えると誰にも真の意味での故郷はないことになる」、とは故・阿部謹也氏の言葉である。だが、記憶のなかにしか存在しないとわかっていても、なお心のどこかで原風景を追い求める自分がいることも否めない。
 人には、記憶に媒介された故郷に限らず、多かれ少なかれ親しみを覚える場所があるはずだ。そうした人と場所との情動的な結びつきを「トポフィリア」という造語で指し示したのが、人文主義地理学者イーフー・トゥアンである。椅子、家、地区、地域、都市から国にいたるまで、場所のスケールを問わず、また自然を愛でる態度や、愛郷心ないし愛国心といった感情までをも含めて、彼はこの言葉を用いるのである。
 この造語をそのままタイトルにした彼の主著『トポフィリア』は、(『経済学・哲学草稿』におけるマルクスの五感論を一瞬想起させる)感覚の議論にはじまり、世界観、景観、風景画、理想の都市プランなどを経て、最後、都市の「郊外」にいたるまで、歴史と空間を縦横無尽に渉猟しつつ、諸種の場を提示し、実に厚みのある現象学的な地理学の解釈をくわえていく。
 興味が持たれるのは、特定の場所や景観から、なかば受動的にトポフィリアが喚起されることもあるとする一方で、好ましい、あるいは「理想」とされる環境を構築してきた歴史が語られている点である。やや穿った見方になるが、たとえば京都に代表される最近の景観政策などは、トポフィリアの制度化を通じて空間を生産していく方向性が示されているとも言えなくはない。
 さて、トゥアンは本書の終わりの方で「郊外は環境の探求における一つの理想を表し」たものと位置づけている。同じ地理学者のエドワード・レルフが、ほぼ同時期に出版された『場所の現象学』のなかで郊外の住宅地に見られる没場所性を指摘していたことを考えれば、レルフの言う没場所的な景観を原風景として生きる(あるいは記憶する)人びとに「トポフィリア」はあり得るのか、と問うてみたくなる。
 ここで手にすべきは、トゥアンの(概念的整理のより行き届いた)主著『空間の経験』ではなく、「長年暮してきた郊外の生活の記録」を説話風にまとめたという、島田雅彦の『忘れられた帝国』かもしれない。
 TM川を挟んで首都とは対岸に位置する「郊外」には、おそらく没場所性を具現するような風景が広がっていたことだろう。それゆえ著者は「郊外という“場所”は物語の揺り籠にはならないと信じていた」のだが、「そのハンディを逆手にとること」で、郊外を生きられた「場所」として物語ることができたのである。
 彼は言う。「金儲けや政治的な影響力を度外視し、国家主義を牽制し得る“場所”」に暮らしたいと。まさにその「場所」こそが東京の郊外であった。
 ちなみに、「トポフィリア」とは、文字通り、場所(トポス)への(病的な)愛着であり、また(時に戦略的な)こだわりともなるのである。
(かとう・まさひろ 立命館大学准教授)

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