心の闇は、性の闇

島村麻里

 結婚、老後など、リカ先生おなじみの「〇〇がこわい」シリーズ。今度は「愛と性」である。精神科の外来ではいま、Love & Sexのなにが問題となっているのか。
 のっけから驚いたのは、精神科の診療ではこれまで、愛や性にかんする話題が語られることがほとんどなかった、という点である。リカ先生が勤めるのは女性専門のクリニックだが、婦人科の問診票には「性体験の有無」などを記述する項目があるのに、精神科のそれにはない。せいぜい「未婚」「既婚」をたずねる程度だ。
 ところが近年、仕事や家庭でのストレスを訴えて来所する女性たちのなかに、深刻な性の問題を抱えたケースが目立ってきたという。「心の闇は、性の闇」だったのだ。
 これには、自分自身にも思い当たることが。最近、わたしと年代の近い四十代、五十代の女性から、性にからむ愚痴や悩み事を聞く機会が増えているのである。
 いま、婚外に好きな男がいる。出会い系サイトで知り合った相手との性に溺れている。夫とは十年以上性交渉なし。一度でいいから夫以外の男とやりたい。自分のなかの女が止まったまま死んじゃうのは、絶対イヤ……。
 数年前、更年期も影響した自分自身の性欲やうつ体験について(いささか露悪的に)書いた本を出したせいだろうか。「シマムラさんになら話せると思って……」。いやいやわたしとて、いまだに揺れているのです。だからこそ、リカ先生が愛と性の問題をどう「斬る」のかが、楽しみだったのである。
 介護や不妊治療の悩みで来院したはずがじつは。夫とは仲良しなのだが、じつは——。そんなふうに訴える患者さんの背後には、性にまつわる闇が拡がっている。
 たとえばうつ病の場合、従来は食欲不振や睡眠障害、性欲や性行動の低下などが典型的症状とされた。しかし現在では、「過食過眠」のうつ症状もあることが判っている。身なりもかまわず引きこもっているうつの患者さんだから、と思いきや、意外や意外、「過剰性欲型」とでも呼ぶべき症状を呈していた……。リカ先生はその都度驚いたり、反省したりしながら「性の闇」に分け入っていく。
 読んでいて切なくなるのは、男と女の、性にかんする決定的なすれ違いである。
 パートナーと向き合い、相手と真剣にかかわろうとしたがる女に対して、多くの男はそれを避けたがる傾向にあるのではないか。しみじみと抱き合えればそれで十分、など、女がまず求めるのは、必ずしも性器の結合を絶対としないスキンシップなのに、男の頭を支配するのは相変わらず、勃つか、入れるかといった問題のみ。ちなみに、愛と性の問題で苦しむ患者さんにパートナーと一緒の来院を促しても、ふたり揃って現れる率は一割以下、なんだそうだ。
「残念ながらいまの世の中、とくにこの日本社会では、恋をしてとくにその相手に自分の真情を吐露し、すべてを見せようとするのは女性に限られているようだ」(本文より)。男女の間に横たわるのは、「やる、やらない」以前に、コミュニケーションの果てなきギャップである。
 男に対していささか手厳しいけれども、女の読み手としてはほくそ笑む箇所、多数。なかでも「ミドル女性と超年下男の愛と性」については、出色の指摘と展望がなされており、思わず「わぉ!」と、叫んでしまった。
「私の悩み。それは平凡であることだ」「犬猫を偏愛する自分はヘンなのか?」などなど、精神科医である自分と素顔の自分とのギャップを、最近の著書でオープンに語り出したリカ先生。ドクターとして、ひとりの四十代女性として、「性の闇」との向き合い方を彼女自身、どう方向づけたのか。その部分をぜひ、本書で多くの人、とくに女性に共有していただきたい。そう望むわたしは、「今度色恋沙汰でうつになったらよろしくね」と、リカ先生にお願いしてある者である。
(しまむら・まり 作家)

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