景気を見る目を養うには

岩田規久男

 十月に、『景気ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)という本を上梓した。私が文章を書くときのモットーは「わかりやすく」であるが、今回は「ちくまプリマー新書」ということで、いままで以上に、「わかりやすく」を心がけた。
 本書執筆に当たって私が置いた目線は、経済や経済学の知識がまったくない読者である。本書が目指している目的の一つは、そうした読者でも、本書を読むことによって、日本経済新聞の景気に関する記事をすらすら読めるようになることである。
 本書を脱稿して改めて思ったことがある。それは、景気について書くということは、マクロ経済学の主要課題について書くことに他ならないということである。この意味で、本書は「理論からではなく、事実から入って理論に至るマクロ経済学の入門書」という、新しいテキストの試みでもある、と筆者は考えている。
 さて、今回、「ちくまプリマー新書」で、景気に関する本を書くことになったのは、私が今年の一月の初めに、「ちくまプリマー新書」の担当編集者に、「私が開発した景気指標(本書の付論を参照されたい)によれば、景気はすでに山を越えて、後退期に入っている」というメールを、私が作成した景気指標を添付して送ったことによる。私がそのようなメールを担当者に送ったのは、当時、内閣府や日本銀行、さらには、多くの証券・銀行系エコノミストも、「景気はすでに後退している」とは考えていなかったからである。
 現在の景気は、なんといってもアメリカの「サブプライムローン問題」の行方次第である。一般的にいえば、サブプライムローンがアメリカのローンに占める割合から見て、その何割かが焦げ付いたからといって、世界の景気を揺るがすとは考えられない。
 しかし、サブプライムローンを担保とする証券を他の証券と幾重にも組み合わせた証券を作り出しているうちに、そうした証券の真のリスクが見えなくなってしまった。そのため、サブプライムローンを少しでも組み込んだ証券の価格が暴落すると、投資家たちは疑心暗鬼に陥り、サブプライムローンとは無関係な証券や株式の価格まで暴落してしまった。
 最近の景気後退はこうした資本市場発の金融混乱をきっかけとするものが多い。今回の金融混乱も根が深く、先行き楽観はできない、と筆者は考える。
 しかし、内閣府は七月の月例経済報告で、「景気回復は足踏み状態にあるが、このところ一部に弱い動きがみられる。先行きについては、アメリカ経済が持ち直すにつれ、輸出が増加基調となり、景気は緩やかに回復していくと期待される」と楽観的であった。
 ところが、八月に福田内閣が改造されて、与謝野馨氏が経済財政担当大臣になると、内閣府は八月の月例経済報告で、「景気は、このところ弱含んでいる。先行きについては、当面、弱い動きが続くとみられる。なお、アメリカ経済や株式・為替市場、原油価格の動向等によっては、景気がさらに下振れするリスクが存在することに留意する必要がある」とがらりと見解を変えた。
 どうやら、政府の景気判断には「政治的配慮」が付きまとっているようである。すなわち、政府が、財政支出の増大という景気対策が求められることを嫌えば、「景気は緩やかに回復すると期待される」が、景気対策に踏み出すべきだという声が政府内で主流を占めるようになると、「(景気の)先行きについては、当面、弱い動きが続くとみられる」となるのである。
 本書の目的の一つは、こうした「政治的配慮」に惑わされることなく、実際の経済を見る目を養うことである。
 もう一つ本書で強調したことは、グローバル化が著しく進展した現在、日本経済はあらゆる面で世界各国の経済状況の影響をこれまで以上に受けるようになったということである。グローバルな視点を欠いては、経済は見えない。日本の景気も例外ではない。
(いわた・きくお 学習院大学教授)

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