近藤勇 内田九一撮影 慶応年間(1865~68)末頃 鶏卵紙
天然理心流宗家4代目をついだ剣客で、新撰組局長として尊攘派志士弾圧に力を発揮した。特に桂小五郎が危うく難を逃れた池田屋事件(元治元年・1864)で名を馳せ、のちに功により幕臣となった。当時坂本龍馬暗殺の首謀者と言われたため、土佐藩志士からは激しく恨まれていた。