天童荒太 インタヴュー・『包帯クラブ』について

一人芝居をやるような感覚

──ピュアな新作としては七年ぶりですね。どうして、これだけかかったんですか。

天童何か戦略みたいなものがあったわけではありません。表現しようとした作品の中の登場人物たちとしっかり向き合い、嘘なく表現しようとすると、ある枚数が必要です。テーマもあだやおろそかにできないものですから、それに対する反論、またその反論みたいなことをやっていくと、物語が豊穣に膨らんでいく。それを検証するためにも、さらに時間が必要でした。
 また、ありえない物語ではなく、現実と対応した、あるいは現実と皮一枚向こうのフィクションを表現しようとしていますから、その現実としっかり向き合うための時間も必要なんです。そうしないと、現実に生きている人を傷つけかねないですから。
『家族狩り』を文庫化するにあたって、違う表現の形としてもう一度書き起こしたことも大きいでしょう。三年ぐらいかかってしまいましたが、僕と読者との関係において、いちばん必要な作業でした。今回の『包帯クラブ』を、これまでで最も短い枚数の長編として書くことができたのは、あの長大な物語でいろんなことを経験したからだと思います。

──『包帯クラブ』は、どういうきっかけで書こうと思われたんですか。

天童『家族狩り』の次も、また重い、人間にとっていちばん大切なものは何かというテーマを掲げて真正面から取り組む小説に入ろうとしていました。それは僕自身もきついし、読者にもたいへんヘビーな経験になるというのがわかっていた。そこに、松田さんが、「新書で、それほど構えない軽いものを」という依頼をされました。それは、僕自身にとっても、読者にとってもいいかもしれないと思ったんですよ。

──最初は長めの短編小説でしたよね。

天童そうですね。百二十枚と言われたとき、「僕は延びる癖があるので百五十枚だな」と自分では決めていたんですよ。それが結局二百六十枚になっていったんです。
 最初は、渋谷のジアンジアンみたいな小さな劇場で若い人にお話をするというようなスタンスでした。特別に構えるのではなくて、自分がこれまで得てきた物語の技術を生かして、いま必要なテーマを、軽く物語らせてくださいという感じだった。

──『永遠の仔』や『家族狩り』が日生劇場や帝国劇場でやる大仕掛けな芝居だとしたら、『包帯クラブ』は一人芝居をやるというような感覚だったんですね。

天童ええ、それも必要だろうなという感じで。これまでは、はじめから大勢の読者に向けてということが続いていました。そういうのもおもしろいんですけども、知らぬ間に窮屈な部分を背負っちゃったんじゃないかなという気もしていたので。

時代との共振と心の傷

──物語の成熟の仕方も、いままでの作品とは違っていたんですね。

天童もう一本抱えていた作品のテーマと比べても、深さにおいてそんなに変わるわけではないんです。でも『包帯クラブ』は、書いていると、表現が軽く流れるような、爽やかな風のような感じで転がっていくのが、すごく気持ちよくなった時期がありました。でも、「ああ、これはいけるのかな」と思ったときに、逆に壁がくるんです。
 それが、昨年の夏前ぐらいです。「このまま、これ書いちゃったら、そこそこ読めるようにはできるかもしれないけれども、非常につまらない。僕が松田さんと組んでやろうとしたものは軽いだけのものではない」と。軽くて爽やかだけど、その底には、持ち重りのするものとか、生きていく上での大切な何かが、匂いだけでも感じ取れないと意味がない。
 それで、いったん、執筆をやめたんです。そして、二〇〇一年からずっと温めていたもう一つの作品と『包帯クラブ』、どっちを先にするのか、と考えたんです。その時に、ニュースなんかから伝わってくる社会の動きや若い人たちの言動などを受け止めるなかで、「いま早急に必要なのは『包帯クラブ』だよ」と感じたんです。

──『永遠の仔』のときも、時代との共振みたいなことは感じていたんですか。

天童ええ、児童虐待が起きているんだけれども、もう一つ切実に受け止められていないと感じていました。切実なところは切実なんでしょうけれども、全体としては、他人ごとだったなと。自分の心の中の弱い部分や生きることの辛さとリンクしては考えていないなと感じている時期でした。この作品を早く出さないと、間に合わない、でもあだやおろそかに書いて出したら、人を傷つけちゃうというのがあったんです。
 今回も、人の傷に対するある種の鈍感さに対して「そうじゃないだろう」と感じ、これをいま出しておかないと、僕も後悔するけれども、読者との関係においても、いい関係が作れなくなると思ったんです。「求められているのは、いまはこっちだよ」という、いわゆる啓示みたいなものを受け取って、そこで改めて物語を組み直して、もっと深い、もっと大きい物語が背後にあるというふうにしていったんです。

 松田さんにはじめに話した時は、小さな町の小さなグループの話でした。それが、その町の生まれたそもそものはじまりから作っていって、町の地図もしっかり作って、その町の歴史、戦争の時期のことも決めて、逆に、そこから延びていった将来のことまで全部決めていった上で、いまの時代のある時期をピックアップして表現するということを思いついたんです。だから、小さな物語だけれども、すごくいろいろな時間や人物や歴史がそこには折り込まれているということが表現できると思ったときに、「あっ、これはおもしろくなる」という手応えをようやく感じて、そこからは一気でした。

──『包帯クラブ』のテーマは「心の傷」です。天童さんは、なぜそういうテーマにこだわるんですか。もうちょっと楽なことを書こうとは思わないんですか。

天童僕自身がそんなに深い傷を負って生きてきたとは、とても思えないですけれども、やはり共感性があるんでしょうね。悲しい人とか、懸命なのに生きづらさを感じている人に惹かれるんでしょう。自分に、そういう人たちに対しての共感があるんだけれども、何もしてあげられないこともわかっているので、せめて物語は差し出せるかもしれないということもありますね。でも、そういうふうにまで考えたのは、ごく最近のことですから。