現場では、「シーン144・時計台のある公園」を撮っています。このシーンは、行方不明になっていたテンポが包帯クラブのメンバーによる必死の活動のおかげで死を思いとどまり、みんなの前に姿を現すところです。テンポに向かい合うワラ、タンシオ、リスキ、ギモ。ワラが笑顔で「待ってたよ、テンポ。……今日は一緒に帰ろう」と呼びかけると、テンポが「ごやっけさー(ありがとう)」と応えます。そして、ワラたちは感極まってテンポに抱きつき号泣するのです。
撮影をそばで見ていると「ごやっけさー」のひと言に涙が溢れてきました。小説にはないシーンなのですが、天童さんが書いた印象的なセリフだったからです。本に書かれた物語が、ここにも確かに繋がっているんだということが感じられました。なんだか、駅伝でスタート直後の区間を走った走者が、ゴール近くを必死に走っているランナーの肩にかかっているたすきを見て感無量になっているような気持ちでした。自分がつないできたものが、ここまで進んできている、そのことに大きな喜びを感じたのです。
ところで、このシーンは10回以上のテイクが続きました。一人一人のアップがあったり、引きで撮るカットがあったりすることもあります。それだけではなく、監督のOKがなかなか出ないこともありました。短い時間に感情の激しい変動がある場面なので、出演者には相当のプレッシャーでしょうし、スタッフも緊張していました。10回目ぐらいのテイクの時、石原さとみさんが顔に手を当てて「ちょっと待ってください」としばらく動きを止めました。たぶん、気持ちの切り替えが難しくなっていたのでしょう。周囲は緊張した面持ちで見守っていましたが、それでも、すぐに撮影は再開され、無事このシーンを撮り終えました。
休憩に入り戻ってきた石原さんに、テントから出てきた堤監督が「何度もやらせてごめんな」と声をかけていました。納得がいくまでテイクを繰り返す一方、こういう風に声をかける優しさもある。みごとな演出術だなあと感心しました。
このシーンの撮影が終わると、スタッフが青テントなどの撤収を始めました。これから、いよいよ空撮シーンになるので、うつり込む可能性のある場所からは撤退しないといけないのです。堤組の人たちは、手際よくパソコンなどの機器を片付けていきます。
市庁舎の屋上にあるヘリポートには、包帯がズラッとしばりつけられて風になびいています。堤監督は、それを見上げながら「午前中はいい風が吹いてたんだけどなあ」と心配そうです。
屋上に上ってみると、ヘリポートの周りの手摺りには包帯がビッシリと結びつけられています。遠くに山並みが見え、その上には青空が広がっています。そこに白い包帯がはためいている、その清冽な美しさに目を奪われました。小説を読んでから、包帯が巻かれた状態をいろいろとイメージしてきましたが、こんなに綺麗なものだとは思いませんでした。
ヘリポートに登る出口近くにモニターが設置されていて、そこで堤監督に会いました。「どこで空撮映像を見るんですか」と尋ねると、「ここです」との答が返ってきました。カメラマンが乗ったヘリコプターから飛ばした映像を受けるのだそうです。
そのうちに、ヘリのプロペラ音が近づいてきて、モニター上に映像が映り始めました。最初は乱れることが多かったのですが、市庁舎に近づくにしたがって映像も安定してきました。ヘリポート上にいる柳楽優弥さんが派手なアクションで絶叫しています。その肉声が上の方から響いてきます。堤監督は、時々、トランシーバーで指示を出しています。柳楽さんは、低い手摺りに足をかけたり、走り回ったりしているのです。それを見ていた監督は、「危ないなあ。若いから無茶するなあ」と苦笑しています。
そのうちに、ヘリポート上を全速力で走り出した彼を追いかけるように周囲の包帯が波のようにフワーッと舞いあがりました。それを見ていたスタッフや関係者の中から歓声が上がりました。監督も、「これはいい。予告編に使われるだろうなあ」と呟いていました。何回か、周囲を旋回して、いろんな角度から撮影すると、監督は「よし」と言って、空撮は終わりました。風といい柳楽さんの演技といい、クライマックスシーンにふさわしい素晴らしい映像が撮れていることがよくわかりました。

「スチールOK」の合図に、ヘリポートに駆け上ってみると、満足そうな顔の柳楽さんがいました。「すごく良かったよ」と声をかけると、満面の笑みを見せてくれました。眼差しを含めて、黙っていると鋭さを感じさせる彼なのですが、だからこそ、笑った顔のはじけるような魅力は、またひとしお目を引きました。「怖くなかった?」と尋ねると「ぜんぜん」とケロッとしているのでした。
1階まで降りてくるとまもなく、ヘリコプターから運ばれてきたテープが機械にセットされ、空撮映像が映りました。最前列に座った柳楽さんは嬉しそうに見ています。隣にいる堤監督も「ここがいいんだよ」と説明しながら、満足そうです。映像が終わると、見ていた一同から拍手が湧き上がりました。
半日ロケを拝見していて、あらためて堤組の要領のいい仕事ぶりに感心しました。そして、その気持ちいいリズムにのって、最高の映像が撮られていることもよくわかました。ところで、きょうの撮影シーンは、小説にはないものばかりでしたが、まったく違和感は感じませんでした。というよりも、原作のスピリットがしっかりと表現されていると感じたのです。完成した映画を一日も早く見たいという気持ちがますます募ってきました。
- 01「王様のブランチ」から始まった
- 02『永遠の仔』という作品の衝撃
- 03文庫版『家族狩り』が刊行される
- 04『包帯クラブ』が生まれた
- 05さらに成長していく物語
- 06映画化への道が開かれる
- 07製作委員会・ロケハン・脚本
- 08クランクインそしてロケ地訪問
- 09撮影はクライマックス(前)
- 10撮影はクライマックス(後)
- 11「初号試写」を観ることができた(1)
- 12「初号試写」を観ることができた(2)
- 13「初号試写」を観ることができた(3)
- 14堤監督からバトンが返ってきた
- 15コミック化も始動する(前)
- 16コミック化も始動する(後)
- 17完成会見・完成披露試写の日
- 18夜空の試写会 in 大磯高校
- 19映画公開へのカウントダウンが始まる
- 20映画公開と読者からのメッセージ
- 21DVDの発売、韓国での上映・出版などなど
- 227年がかりの大作『悼む人』が完成する(前)
- 237年がかりの大作『悼む人』が完成する(後)



