「王様のブランチ」から始まった

 1998年ごろになると、「王様のブランチ」の「哲っちゃんの気になる一冊!」で取り上げた本は、店頭での売れ行きにもつながるということで、書店さんも注目してくれるようになりました。そして、1999年春、このコーナーにとってエポックメーキングになる作品が刊行されました。天童荒太さんの『永遠の仔』(幻冬舎)です。

 そのすこし前のことです。番組開始前に控え室で雑談をしているとき、関根勤さんが「『家族狩り』は、胸が締め付けられるようなすごい小説でしたね」と話しかけてきました。当然、ぼくが読んでいるだろうと思っていたようです。実は、その時のぼくは未読だったのです。恥ずかしいので、ついついそれを言いそびれてしまいました。
 それからしばらくして、店頭に天童さんの新刊『永遠の仔』が並びました。「関根さんより先に読まないと」と焦る気持ちで購入しました。読み始めると、まず、全編にはりつめている緊張感に圧倒されました。そして、これほどまでに救いのない小説はあっただろうかと思うくらい、胸がキリキリと痛みました。さらには、下巻の途中からは随所で涙がほとばしり出て、最後に近づいたころには、嗚咽までもらしていたのです。それなのに、読後にはたとえようもない爽快感があり、その余韻がいつまでも胸の中に響いているのでした。
 こういう作品を渾身の力を込めて書く作家がいて、それを刊行する編集者(出版社)がいる。同じ出版人として、また一読者として、心から感謝すると同時に、こういう作品が誕生する現場に立ち会えた編集者に嫉妬すら感じました。
 一人でも多くの人に読んでもらいたいと、4月17日の「気になる一冊」で、「読んでいると、小説とは思えなくて、現実世界で起こっていることに、その場に立ち会っているような気持ちになりました。ぼくが『ブランチ』に出るようになってから読んだ小説の中では、文句なしのベスト1です。今を生きているすべての人たちに読んでもらいたい」と、最大限の讃辞とともに、この本を紹介しました。すると、木村郁美アナウンサーは「登場する人たちを抱きしめたくなった」と、関根勤さんは「これを読んだ後は、他の軽い小説がしばらく読めなくなりました」と、ぼくの言葉を熱くフォローしてくれました。

 その後、寺脇康文さん、はなさん、恵俊彰さんなどの出演者たち、岩村隆史プロデューサーはじめスタッフの方々もこぞって読んでくれました。こうして、何週間にもわたって、『永遠の仔』の話題で盛り上がっていきました。最初に「ブランチ」で放送した直後には爆発的な反響があり、上下巻それぞれ10万部の重版をしたのに、あっという間に店頭から消えてしまったそうです。ちなみに、後に出た「日経エンタテインメント」を見ると、『永遠の仔』ヒットのきっかけの1位に「王様のブランチ」があげられていました。
 しばらくして、著者の天童さんから、ぼくたち宛に、心のこもった感謝状が届きました。一つの作品を通じて、作者とぼくたち読者の間に虹が架かった、そんな爽やかな気持ちになりました。「王様のブランチ」で本の紹介をしていてよかったと心底思いました。
 ぼくは、さっそく天童さんに返信を書きました。その最後に、「これは夢のまた夢かもしれませんが、一編集者として天童さんと一生に一度でいいから仕事をさせてもらいたいと密かに思っています」と書き添えました。『永遠の仔』は、完成までに8年の歳月を要したと聞いていたので、その夢が簡単に実現するとはとうてい思いませんでした。それでも、編集者として生きてきたぼくとしては、こういう作家と仕事ができたらという希望を持ち続けていたかったのです。その後、お目にかかる機会があり、あらためて、この思いを伝えると、「わかりました。ぼくも松田さんと仕事ができれば嬉しいです」とこたえてくれました。