7年がかりの大作『悼む人』が完成する(前)

 天童荒太さんは、1999年に『永遠の仔』を発表して以後、次の大きな作品への歩みを少しずつ始めていました。2000年から、新しい物語の執筆準備を始めていたのですが、2001年の10月ぐらいから、別の物語のアイディアが生まれていったそうです。そして、その年の12月26日、電車に乗っている時に「悼む人」というタイトルが下りてきて、新しい作品は動き出した、と天童さんは語ってくれました。
 文庫化にあたり『家族狩り』の基本的な骨格を生かして、まったく新しい物語として書き起こしていくという大変な作業を進めている時も、この作品に対して「ブランチBOOK大賞」を贈らせてもらった時も、『包帯クラブ』を書き下ろしている時も、天童さんは、この『悼む人』の構想をひたすら練り続け、執筆するための準備を続けていたのでした。
 その作品に、ぼくたち読者が初めて触れることができたのは、2006年10月号から「オール讀物」で連載が始まってからのことでした。それまでの天童さんの基本的な執筆スタイルは、コツコツと書きためてゆき、推敲に推敲を重ねて納得のいく原稿が出来上がるまでは、担当編集者にも見せることがないというものでした。ですから、初めてという雑誌での長編小説の連載が、はたしてうまくいくのか、正直言って心配でもありました。

天童荒太『悼む人』  それから2年間、途中で、映画「包帯クラブ」のパブリシティに協力していただいたにもかかわらず、1回も休むことなく連載は続いていきました。そして、ある時期からは、連載の執筆と並行して、単行本のための書き直しも進行させていったそうです。こうして、構想から7年かかった大作『悼む人』は2008年11月末に文藝春秋から刊行されたのです。
 ぼくは、連載第1回目から読みました。期待通り、最初のシーンから、物語世界に読者を引き込むちからが感じられました。それからは毎月、ドラマチックに展開される物語を読みながら、折々に、お目にかかることがあれば口頭で、そういう機会がなければ手紙やFAXで感想を送りました。主人公「静人」という存在について考えたことなど、つたない感想を伝えたのです。天童さんはいつも、ぼくの感想を真っ正面で受け止めてくれ、その時点で話せることを真摯に語ってくれました。

 2008年の夏の終わり、完成された作品を初稿ゲラというかたちで読むことができました。主人公は、新聞などの死亡記事を見て、亡くなった人を亡くなった場所で「悼む」ために、全国を放浪している男・坂築静人。彼を巡って、人間不信に陥っている週刊誌記者・蒔野抗太郎、夫殺しの罪を償い出所したばかりの女・奈義倖世、そして末期ガンに冒されている静人の母・巡子、別れた恋人の子供を身籠っている静人の妹・美汐などが演じる迫真のドラマが展開されていきます。ぼくは、読み進むにつれて、この物語が放つ熱気と迫力に圧倒されてしまいました。読み終わった時、興奮冷めやらないままに、感想を書き連ね、天童さんに送りました。その時の感想を要約すると、以下のようなものでした。
 「この物語が語りかけてくるのは、『あらゆる人間の死を悼めるか』という、とてつもなく重いテーマであり、息苦しくなるような場面も沢山ある。それでも、常に爽やかな風を感じながら読み進んでいけるのは、作者が深いところで人間を信頼しているからだろう。それは、絶望のどん底までひたすら沈んでいって、そこから浮上してきた、つらくて重いプロセスを経た後に生じた優しさなのだ。だから、この小説の後半にさしかかると、随所で涙がほとばしり出てくる。こんなに涙が流れたのは、『永遠の仔』以来かもしれない。その涙は『感動した』『泣かされた』といったシンプルなものではない。登場人物たちの気持ちがじんわりと伝わってきて、心の中にあるコップに少しずつ満たされていった水(感情)が、表面張力でしばし持ちこたえながら静かに溢れ出していく。そんな、限りなく心地良いものだった。」
 天童さんからは、すぐに心のこもった返事が届きました。
「『悼む人』の感想のお手紙、本当にありがとうございました。感謝、感激、感動しました。本物の読み手に、しっかり届いたんだという安堵に、ずっと緊張しつづけて厳しく固まっていたこわばりが、ようやくふーっと溶けてきた心持ちです。」