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 しばらくして天童さんにお目にかかったとき、思いがけない、しかし嬉しい言葉をいただきました。それは、「いろいろ考えたんだけれど、やっぱり物語が好きだし、届けたいと思っているのはそっちだから、物語はどうですか。(教養系)新書で物語はあまりないけれども、いいですか」というものでした。ぼくが快諾したのは言うまでもありません。
 この時の気持ちを、後に天童さんはこのように語っています。

「ぼくにとっては短い枚数で一本の物語を書き、若い読者や普段あまり本を読まない人にスッと届けられるというのは魅力的だったんです。ぼくは、若い人を主人公にするので、なるべく若い人に物語の世界に入ってきてほしいとも願っていました。最初に松田さんと話したときにも、そんなに構えるのじゃなくて、自分がこれまで得てきた物語の技術を生かして、いま必要なテーマをそれに絡めて、すっと軽く物語をさせてくださいという感じでした。昔あった渋谷のジアンジアンみたいな、小さな劇場で若い人たちにお話をするというようなスタンスでした。」

包帯クラブ こうして、新しい物語を紡ぎ出す作業が始まったのです。ぼくの願いは、2006年2月の「ちくまプリマー新書」創刊1周年に刊行したいというものでした。天童さんは誠心誠意努力してくださり、2005年12月はじめには最初のまとまった枚数の原稿をいただくことができました。タイトルは『包帯クラブ』でした。
 現実に、天童さんから原稿を受け取ったとき、感無量で涙がこぼれそうになりました。それと同時に、何かを託された、手渡されたという確かな感触がありました。それは、原稿を渡されたという以上の何かです。たとえて言えば、埴谷雄高さんがよく語っていた「精神のリレー」のようなものでした。家に帰って、はやる気持ちを抑えながら、原稿に向きあいました。
「わたしのなかから、いろいろ大切なものが失われている。……」
 書き出しの一行から、引き込まれてしまいました。天童さんから、あらすじは伺っていたのですが、そこには、ぼくが想像していたよりも、はるかに広く深い世界がひろがっていました。ワラ、タンシオ、ギモ、そしてディノ、それぞれが生きがたい思いを抱いている、そのたたずまいが痛いほど伝わってきました。
 そして、「包帯を巻く」場面が、それぞれ美しく描かれているのが印象的でした。天童さんにあらすじを伺っていたとき、「包帯を巻く」という行為がちょっと暗い感じにならないだろうか、と心配していました。でも、それはまったくの杞憂でした。いろいろな場所に巻かれた包帯は、リボンのように、ハンカチのように、旗のように、美しくはためいていました。
 そして、ひとりひとりの傷や痛みを描くのにも、その場面を詳述するのではなく、その傷を負った場所を媒介にすることで、自然に苦しみの核にふれられるようにしています。これを読みながら、「包帯を巻く」というのは、傷をおさえ、いやすという以上に、傷を負った自分と、気負わずに向き合うことでもあるのだと感じました。
 さらに、軽妙な「未来からの報告」が入ることで、彼らが傷を克服して大人になることができたんだ、ということが伝わってきて、優しい気持ちで読み進むことができました。『永遠の仔』や『家族狩り』のように重い作品ではないのですが、それだけにより多くの読者に届けることができるのではないかという予感がしました。