梅田望夫・茂木健一郎刊行記念対談「始まりとしての『フューチャリスト宣言』」

梅田望夫・茂木健一郎 刊行記念対談対談風景

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日本のネットはまだ始まっていない

【茂木】 僕は、梅田さんと話さなければ、自分の中でそれほど強く立ち上がらなかったメタファーがあります。つまり、今が明治維新と同じ状況にある、「今は明治」というメタファーが立ち上がったということが、梅田さんとの対談中に僕の中でおこった最大の出来事です。日本に対するスタンスがそれで非常にはっきりしたんです。世界的なインターネットの状況は抜きにして、日本という国の現状にたいする批評的なスタンスという意味でいうと、明治維新と同じような文明的なキャッチアップをわれわれはこれからしないといけないんじゃないかということに気づかされました。
 インターネットについて語るときに、たとえばアメリカのシリコンバレーの人が語るときは、全世界のことを視野に入れている。ところが日本の場合、インターネットは日本語空間で閉じていて、「村社会」という感じがして、もったいないですよね。
 もし、日本の多くの人が、インターネットにはとても大きなフロンティアがあるんだよ、ということに気づいたら、細かいことをごちゃごちゃ言っているのがもったいないと感じて熱狂するだろうし、いても立ってもいられない感じになると思う。やれること、やるべきことはいっぱいありますよね。

【梅田】 僕も、日本のインターネットはまだまだ全然始まっていないという気がしています。『ウェブ進化論』に「総表現社会の三層構造」ということを書きましたが、日本には、相当教養の高い中間層があるのだけれど、ここの層の人たちの多くが、組織のしがらみや何かがあって、まだ充分にネットに参加していない。この人たちが、自分の思うままにネットに書くようになると、日本のネット空間は全然ちがったものになると思います。

【茂木】 ネットでどういうふうに身を処していくかということについても、気づいていないことがたくさんあると思います。それだけ奥が深い。

【梅田】 道具もまだぜんぜん進化していない。例をあげると、ブログの「コメント」や「トラックバック」のしくみというのは、初期のシステムであって、たとえば僕のブログを1万人の人が読んでその1万人が実際に心に感じたことと、書かれたコメントやトラックバックを含むブログのページから立ち上がってくる印象とは、けっして正しくマッピングされているとはいえない。たとえばそれを正しくマッピングさせるのが、システムを作る側のゴールの一つになる。そんな発想が、システムを創造するモチベーションになります。
 次世代の仕組みがどういう機能をもつのか、いつできるのかは、全然わからないんだけれども、これから道具の進化とコンテンツの進化が共振していく時代になってくるんじゃないかと思います。ただ、そういう道具をつくっても、ネットはパブリック空間という色彩が強いので、あまり儲からないのかもしれません。『ウェブ進化論』のなかで、グーグルが形作る経済圏についてやや強調する形で書いたら、そのことが増幅して受け止められたということがあったのだけれど、最近、そういう言い方をトーンダウンさせたいな、という気分になっています。営利目的で、ビジネスで何かをやろうというモチベーションだけではどうしても限界がある。それだけでは、茂木さんと議論してきたことの真価が、本当にドライブできないのではないのかな、ということが最近の問題意識としてあります。

【茂木】 ネット上でのいろいろな情報の使われ方、自分の使い方に、「これはいいけどこれは悪い」という僕なりの倫理観があって、その倫理観をどのように説明するかと考えたときに、その背景にある哲学を考えるというか、自らの足元を掘り下げなければいけないと思っています。それが人間の脳という視点からみるとどういう意味をもつのか、ということを考えることが大きな課題です。僕も梅田さんと同じように、人間とは何かという人間哲学を深めなければウェブというのは進化させられないなという感じがしています。
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