万城目学インタビュー 『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』について話しましょう インタビュアー=松田哲夫

長期的な記憶力は高いと思う

―― 大人になると、いろんなことがわかってしまうし、ある程度達観しちゃってもいるんで、そうそう驚かないんですけど……。そういえば、あの年代の感覚というか、例えば歯の抜け替わるときの感じとかを、よく憶えてるなあと思いました。

万城目 長期的な記憶力はたぶん高いと思うんです。短期的なやつは、切符はいつもどこに入れたか忘れるし、鍵もなくすし(笑)。歯が抜けたことを書こうと思ったら、記憶が呼び起こされてくるんです。ああ、こうだったなあ、これは書かなくっちゃって。中勘助という人が『銀の匙』という、幼稚園生ぐらいのおばあちゃんっ子が主人公の話を書いてるんです。それを高校生ぐらいのときに読んで、あまりに昔のことが鮮明に書かれていて、無性にくやしかったんです。ふつうだったら忘れてるようなことを書くんですよ。それが、「見ろ、俺のこの感受性を」みたいでね(笑)。見せつけられるようなくやしさというんですかね。それで、ああいうのをいっぺん書いてみたいなあという願望がずっとあって……。今回、「プリマー新書」のオファーを受けたとき、まず最初にそれを書きたいと思ったんです。

―― 実際に書いてみて、よみがえってきたり再発見したりしたことはありますか?

万城目 言葉に対する違和感ですかね。「いかんせん」みたいな言葉がわからないことの楽しさですよね。あとは、始業式のときの気恥ずかしさとか。子どもは、時間の流れが遅いんですよ。1ヶ月会ってないだけでもすごい遠く感じるようになっちゃうし。また、仲が悪くなると、仲が復活するまでに時間がかかるんですよね。些細なことで仲たがいして、学校行っても1週間、2週間気まずいんですよ。それなのに、ほんの些細なことで、ちょっと言葉を交わしたら、あっという間に元に戻るとか。ああいうのは書いていて思い出しましたね。でも小学1年生のころはさすがにほとんど覚えていないです。実際に小学校に行って、1年生のクラスを見て、こんな幼かったのかって衝撃を受けましたから(笑)。


小学校見学で1年生にふれた

―― 入学直後ぐらいと夏休み前あたりでしたかね?

万城目 そうですね。5月に一度。あと7月の前半に一度行って。最初は小学1年生か2年生か、どっちにしようかって考えてたんですけど、2年生は実際に見るとあまりにも大人だったというか(笑)、いざ行動にでたときに突き抜けたところまで行く、ハチャメチャなところも入れたいんで、これはやっぱり小学1年生じゃないと、という結論になりました。元気がよかったです、ほんとに。

―― 小学校見学がそのまま、この作品に反映されているんですか?

万城目 ありますね。行かなかったら、どうなったかわからなかったぐらい。実際に小学校に行って1年生たちにふれたおかげで、みずみずしさみたいなところを取り込めたと思います。

―― 学校や教室という場所で集団で見るというのは違うんですか?

万城目 そうですね。先生との関係であったり、会話の唐突さであったり……。基本的に話をお互いふくらませていくなんていう能力はないわけですよ。言ったら言いっぱなし。言ったことも次の瞬間忘れる。ひたすら単発の、エネルギーの飛ばし合いです。そういう実際の空気を目の当たりにするのと、ただただ仕事場の机の前で想像するのとでは全然違います。

かのこちゃんとマドレーヌ夫人 万城目学 著

「ホルモー」「鹿男」「トヨトミ」の輪を飛び出して、万城目学が紡ぎ出す、新たな物語の世界!

元気な小学一年生・かのこちゃんと優雅な猫・マドレーヌ夫人。その毎日は、思いがけない出来事の連続で、不思議や驚きに充ち満ちている。書き下ろし長編小説。