『落語百選 春』より「長屋の花見」  四季を通じて人の心持ちが浮き浮きするのが、春。 春は花……なんてえことを申しまして、まことに陽気でございます。 「銭湯で上野の花の噂かな」 花見どきはどこへ行きましても、花の噂でもちきり……。 「おう、きのうは飛鳥山へ行ったが、たいへんな人だぜ、仮装やなんか出ておもしろかった」 「そうかい、花はどうだった?」 「花? さあ……どうだったかなあ?」 してみると、花見というのは名ばかりで、たいがいは人を見に行くか、また騒ぎに行くらしいようで……。

 落語は面白そうだけど落語の噺そのものを読もうとすると、意外とそのテキストは少ないものです。『落語百選 』の4巻は、落語の基本的な作品百本を多くの速記本をつきあわせながら最もスタンダードな形に作り上げて、四季に分けた文庫版では唯一といっていいシリーズ。春なら「長屋の花見」夏の「佃祭」秋には「目黒のさんま」冬の大晦日には定番の「芝浜」、四季に沿って読むと落語が驚くほど心に沁みてきます。その四季の分類からはこぼれたが落語フアンなら絶対になんどもくりかえし聞きたい「品川心中」「居残り左平次」「らくだ」「黄金餅」「三枚起請」等最も落語らしい落語四十本を集めたのが『落語特選 上巻下巻』。この六冊で落語の入門はOK。

『定本艶笑落語1 艶笑小咄傑作選』より「モチモノ」 江戸時代から今日まで、〝お座敷ばなし〟として、ひそかに語りつがれて来た〝艶笑落語〟。古くは〝バレばなし〟とよばれていました。寄席ではなかなか聞くことのできない演目を、ちくま文庫で集大成! こんな短い小咄もあります。  えー、あまりモチモノは立派でないのに、あの道は好きという方はいらっしゃるもので。  ご婦人をくどいて寝た夜、さあ真価を見せるのはこのときとばかり、左三、右三、九浅一深、腰もくだけよと秘術をつくし、 男「どうだい、いいか、いいか」  ときく。女、鼻声で、 女「早くゥ、指じゃないのを、入れてよ」

 そうか落語って長いんだ。もうすこし短くてよく笑えるものがいいんだけどな」という方には『定本 艶笑落語1 艶笑小噺傑作選』がおすすめ。性をおおらかに笑うのも落語の魅力のひとつ。寄席や落語会でもなかなか聞けない、ちょっとHな小噺が満載。もう少し長い色っぽい話の入った『定本 艶笑落語』、戦時中に禁止されたはなしを集めた『禁演落語』にまで目を通したら、もうりっぱな落語通。

演者別 師匠、待ってました! 『志ん朝の落語1 男と女』より「明烏」 「古臭い噺に一カ所だけ風穴を開ければいいんだよ」。古典を演じながらも、絶妙の間、新鮮なくすぐり、持ち前の明るさと品のよさとで、類稀なる落語世界を作り上げた古今亭志ん朝。この「明烏」はその志ん朝の十八番。見所は梅干の種です。  えェ、男の道楽ってえますと、「飲む・打つ・買う」ということンなってますが、ま、この三つはたいがい好きなんですがね…。中には、「おれァどうも博打ァいけねえや」とかね、「どうもあたくしはお酒はいただけません」なんてえ方がいますが、男と生まれた以上、ご婦人の嫌いな方というのはまずいないですな。…やっぱりこの、(強く)女というものぐらい、いいものはないと……あたくしなんぞも、つくづく思っておりますが…。

 好きな落語家の落語を読みたいという読者には演者別のシリーズも充実しています。
 死後30年近くたってもその伝説はおとろえず、「存在そのものが落語」といわれた五代目古今亭志ん生。その奔放な落語の粋を集めた『古典落語 志ん生集』、独特の間と語り口に魅了されたら『志ん生の噺 全5巻』もぜひご一読を。師匠の波乱万丈の半自叙伝『なめくじ艦隊』『びんぼう自慢』も一緒に読むとその面白さは三倍増。十八番のネタを磨きに磨き上げた名人八代目桂文楽の『古典落語 文楽集』、ネタの幅広さでは他の追随を許さず、またそのレベルがすべて高く落語家では唯一、昭和天皇の御前で落語を演じた六代目三遊亭円生の代表作『古典落語 円生集』、滑稽ばなしの名人で人格者、人間国宝の『小さん集』、そして江戸落語のトリをとるのは平成の大名人、古今亭志ん朝の『志ん朝の落語 全6巻』。
CDの音源から志ん朝師の言葉ひとつひとつを正確に起こしたこのシリーズは江戸落語の世界を堪能する決定版です。江戸落語の背景を見事に表現した師匠の貴重な著書『志ん朝の風流入門』も併せてお楽しみ下さい。

○上方落語 ひとつ今日は陽気にワアーッといきまひょか 『上方落語 桂米朝コレクション2』より「地獄八景亡者戯」  通しでは一時間以上かかる、地獄巡りの長篇落語! 初めからしまいまで笑いを盛り込み、鳴り物お囃子がはいる、賑やかでスケールの大きい上方屈指の大物。古くて新しい、生命力のある落語と言えましょう。 鬼「お前は何で死んだ」 乙「わたい腎臓で死にましたんや」 鬼「うん、腎臓というたら小便が出んようになる病気やな」 乙「ええ、それだんねん」 鬼「うん、エー、そうやな、ほんなら百六十円もらおうか」 乙「百六十円、何でだんねん」 鬼「シシの十六や」 乙「シシの十六、なるほど、それで百六十円でっか、へェ。ヘイ、ほんならこれを……」 鬼「お前は何じゃ」 丙「わたい、肺ガンでな」 鬼「おう、肺ガンか。たばこ吸うたか」 丙「もうニコチン中毒やな。朝から晩まで吸い続けやった」 鬼「うん、六百四十円出せ」 丙「何でだんねん」 鬼「パッパ六十四やろ」

 また上方落語に目を転じれば該博な知識と知性を持って時代にあった形で上方落語を復活させ、人間国宝であり落語界初の文化功労者にも選ばれた桂米朝の『上方落語 桂米朝コレクション 全8巻』は貴重な文化遺産。ひとつひとつの落語に米朝師自らが付した解説はそれだけで落語フアンには垂涎モノ。 その米朝の弟子であり、舞台で演じるたびに爆笑の渦を巻き起こした桂枝雀の傑作ばかりを集めた『上方落語 桂枝雀 爆笑コレクション 全5巻』は読んでも大爆笑。また落語について考えに考え抜いた師が最も好きな落語について書き込んだ名著『らくごDE枝雀』『桂枝雀のらくご案内』は上方落語への明るい道筋です。

 ほかにも、寄席の臨場感をそのままに写し撮った橘蓮二『写真集 高座のそでから』、古典落語の世界を独特の雰囲気で劇画化した『滝田ゆう落語劇場(全)』、そしてご存じ小沢昭一が人情と芸能の街を語り尽くした『ぼくの浅草案内』など、ポケットに忍ばせるだけで寄席気分な文庫が目白押し!

 以上、落語好き編集長はついつい長々とご紹介してしまいましたが、あまり構えずに高座を見、CDを聞き、文庫でも気軽にお楽しみ下さい。落語にはいろんな知恵と歓びが詰まっています。

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