TSUNAMI 発刊記念エッセイ

沖縄でのふれあいは、僕の原点。──志賀泉

沖縄で、自分を捨てるつもりだった。

初めて沖縄に飛んだのは2003年の5月。

羽田発那覇行の旅客機の中で、不安と憂鬱を抱えていた。

その年の正月に僕は長年勤めていた書店をリストラされていた。その少し前に、長年付き合っていた彼女とも別れていた(『TSUNAMI』の「僕」がそうだったようにね)。さらにもっと大きな憂鬱は、「小説家になる」という少年時代からの夢を諦めようとしていたことだ。これが最後という思いで、最新作を太宰治賞に投稿はしていたけど、受賞するなんて実のところこれっぽちも信じちゃいなかったんだ。

つまり僕は、いまが人生最悪の時期だと考えていた。放っておけばとめどなく落ち込んでウツになっちゃうんじゃないかってくらい。だから僕は、嘘でも希望を持とうとした。嫌が上でも人生と闘わざるを得ない状況を作ろうとして、独りで出版社を立ち上げた。いちおうは有限会社だ。でもね、会社なんてマニュアル通りにやれば誰でも作れるものだ。問題はそれから。とりあえず日本中を回り、フリーペーパーを出版しながら人脈を作っていこう。手始めに日本の南端から——。

僕が沖縄に飛んだのにはこれだけの理由があったわけだ。でもね、誰もが予想するように、自分の出版社が成功するとは信じてはいなかった。実のところ、僕は結婚資金として貯めていた金を捨ててしまいたかっただけかもしれない。貯金といっしょに自分自身も捨てて、裸になって人生をやり直したかった。それが本心だったのかもしれない。

けれど、沖縄という土地は予想をはるかに超えていた。自然が素晴らしいとか人情が厚いとかは誰もが言うことだけど、それ以上に大きなもの、目に見えない何かに導かれているような気がしてならなかった。あるいは、それを「神の力」と呼んでもいいかもしれない。とにかく偶然が偶然を呼び寄せるようにして、僕はいろんな人と出会っていった。不安や憂鬱はいつしか消えて、「生き直せる」という確信を抱くまでになったんだ。

(そして、日本を旅している間に、僕は太宰治賞を受賞することになる。)

著者プロフィール

著者近影

志賀 泉

シガ イズミ

1960年福島県生まれ。二松学舎大学卒業。十五年間、書店兼ギャラリーに勤務。趣味は、ギャラリーめぐり。『指の音楽』(筑摩書房)で、2004年、第20回太宰治賞受賞。