第26回太宰治賞

受賞の言葉

 この度、第二十六回太宰治賞を受賞させて頂くことになりました。ここに至るまでに携わって下さったすべての方へ、心より御礼申し上げます。
 去年の六月の初め、アルバイト先の事務所で「明日休んで下さい」と言われた日の帰り道、突然、小説を書いてみようかと思いつきました。小説というものは、アルバイトをしながらでも、短いものなら多分一週間もあれば書けるだろうと、そう思っていました。
 なんの覚悟も決意もなく、ただ思いつくままにノートに手書きで書いていき、夏にパソコンを購入し、しばらくしてからプリンタを購入しました。
 出来上がった時には、書き始めてから半年経っていました。
 手こずることばかりでしたが、これを封筒に入れて郵便局の窓口に持って行きさえすれば、終わらせることができるのだと思っていました。
 個人の物語を書くということにどれだけ大きな責任が伴うのか、考えていませんでした。そのことに直面したのは最終選考に残ったという知らせを電話で受けた日の夜です。それから今日に至るまで、自分の考えの甘さや、書くという行為の困難さを痛感するばかりです。
 このような栄えある賞を頂いておきながら、非常に情けないことではありますが、次に一体なにが書けるのか、なにを書きたいのか、自分のことなのにいくら考えても答えが出ません。
 でもいつか、たった一人の読者の手によって、ボロボロになるまで繰り返し読んでもらえるような物語を生み出すことができたら、どんなにか幸せだろうと思っています。そういう物語は、書く側が命懸けで臨まない限り決して生まれてこないのだと、今更ながら思い知った次第です。
 受賞、うれしいです。ありがとうございました。
今村夏子 

今村夏子
1980年広島市生まれ。
現在、大阪市在住。