島のことば 仕事のことば/宇田智子

 三月。本の最初のゲラを校閲の方が見て、疑問点を出してくれた。店番をしながら確認し、ある指摘に立ち止まる。

 ――コーレーグース→コーレーグス?
 沖縄では、唐辛子をこう呼ぶ。食堂に置いてある泡盛漬けの唐辛子も。原稿を書いたとき、コーレーグスかコーレーグースか迷って、自分の古本屋にある本を何冊か見た。沖縄タイムス社の『沖縄大百科事典』には「コーレーグス」とあり、別の本には「コーレーグース」とあった。
 沖縄そばを食べながら隣の人に声をかける場面を想像する。
「そこのコーレーグースとって」
 と私は言っている。それで「コーレーグース」と書いたのだった。さて、「コーレーグス」に直すべきか。
 ちょうど地元の出版社の編集者が店に来たので尋ねてみると、自分もコーレーグースと書くけど、言葉は島や集落によって違うから正解はないと思うと話してくれた。次の日に現れた詩人は、島言葉は音を伸ばすのが特徴だから、コーレーグースのほうが雰囲気が出るねと言った。
 二人とも那覇で生まれ育っている。那覇に暮らす私は、やはり「コーレーグース」と書こう。編集の方も了解してくれた。
 四月。二回めのゲラを沖縄の別の古本屋の人に読んでもらい、古本屋の仕事に関するくだりをベテランの視点から正してもらった。見ると「コーレーグース」にも赤線が引かれている。
 ――コーレー「グス」←音を伸ばさない。『沖縄大百科』『沖縄ぬちぐすい事典』もこちらの表記。
 はい、本は私も何冊か見まして、「コーレーグース」と書かれたものもあったんですと話すと即座に、
「それは誰が書いた本?」
 と問い返された。そうですよね、どの本にも正しいことが書かれているわけじゃないですよね。反省しつつ、でもどうしてもコーレーグースと発音したかったので、結局そのままにした。
 沖縄の言葉や風習、料理や植物。わからないときはいつも近くの人に聞いて、自分の古本屋の本を見る。人によって言うことは違い、本の記述も一致しない。でもだいたいこんな感じだろうとあたりをつけながら、六年ここで暮らしてきた。
 本屋の仕事も同じだった。マニュアルを熟読して実践したことなど一度もない。新刊書店では上司や出版社や取次の人に、古本屋になってからは他店の人に教えを乞い、あとはひたすら本を触ってお客さんとやりとりしながら、手探りでやってきた。
 五月。こどもの日の夕方に、友人からメールが届いた。
 ――南風原図書館で本発見! しかも棚に差されずに表紙が見える置き方!(名前知らない)
 私が前に出した本を、近所の図書館で見つけたらしい。報告ありがとう、表紙(面)が見える向きに本を立てかけるのは「面出し」か「面陳」と呼ぶよと返信すると、またメールが来た。
 ――ツラダシとメンチン? 変な名前(^^)
 いやいや、メンダシとメンチンだよ。ツラダシじゃ、「ちょっとツラ出しな」と不良に呼び出されたようだ。
 地元の出版社の営業の人にこの話をすると、思いがけない反応が返ってきた。
「僕は最近まで面陳じゃなくてミンチだと思ってた。書店の人に「ミンチにしてくれてありがとう」って言っても通じたよ」
 びっくりした。みんなこうして耳で覚えて使ってみて、人に教えられたり教えたりして暮らしているんだなとあらためて思う。私の本もそのつなぎ合わせなので、出したらまたさまざまな声が寄せられるだろう。不安だけれど、楽しみでもある。
 来月、本屋の仕事の本を筑摩書房から出します、PR誌にも書かせてもらうんですよと言ったら、
「えっ、PRC?」
 と返ってきて、ますますびっくりした。PR誌です、とむきになったけれど、いま思うとからかわれただけかもしれない。

(うだ・ともこ 市場の古本屋ウララ店主)

ちくまプリマー新書
宇田智子著/高野文子絵 820円+税

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